INTERVIEW

田中泯

常識外れと言われても気にしない。
葛飾北斎に“出会い”確信


記者:鴇田 崇

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掲載:21年05月31日

読了時間:約6分

 柳楽優弥と田中泯が、今なお愛され続ける世界的アーティスト、葛飾北斎を演じる映画『HOKUSAI』が全国公開となる。19世紀にヨーロッパでジャポニズムブームを巻き起こした北斎は、ゴッホ、モネ、ドガなど数々のアーティストに影響を与え、西洋近代絵画の源流となった世界でもっとも有名な日本人だ。その知られざる青年期を柳楽が、老年期の北斎を田中が演じ分け、壮大なスケールで偉大な絵師の生涯を描く。

 その世界的な注目作で老年期の北斎を、近年は俳優としても活躍するダンサー/舞踊家の田中泯が熱演する。「北斎がどういう体つきをしていたかを一番考えていました」と語る田中は、独自のアプローチで北斎になり切り、葛飾北斎という稀代のアーティストを表現しきった。時代の波に飲まれず、変化を求めて自分の絵を追求した北斎は、同じ表現者の田中の目にはどう映ったのか。話を聞いた。【取材=鴇田崇】

(C)2020 HOKUSAI MOVIE

田中泯の目に映った北斎

――葛飾北斎という実在の人物を演じてみていかがだったでしょうか?

 北斎という人は自分の名前を変え、しょっちゅう引っ越しをする、そういう人だったんですよね。たぶん刻々と自分は変わりたいという衝動を常に持っていて 、それを実践しちゃった人。そしてそれを老年になっても続けた人。ということは過去のことにとらわれないで生きていた人だと考えると、いくつかの点で僕たちふたりの中に共通する記号みたいなものがあれば、絶対につながるはずだと思って演じていました。

――それが、北斎が描いた絵だったりするわけですよね?

 それが存在しているわけだから、こんなに見た目は違うけれども、この映画の中ではつながったと思うんです。映画を観た昔からの知り合いからも、「上手くいっているね」と。ただ、ラストシーンではふたり一緒に並び、振り返って最後は後ろ向きになって立つ。これは不思議ですよね。絶対にありえないことじゃないですか。でも、うれしかったです。二人なのに一人、一人なのに二人みたいな、感覚的にはそういう感覚で、あの時間を過ごしましたね。ああ、上手くいったんだと思いました。

――演じてみて北斎の印象が変わったことはありますか?

 僕が一番いいなと思ったことは、彼の浮世絵の対象と呼ばれるものが、ガラリと変わっていくところですね。北斎になってからの彼は、人々であったり、とんでもない対象を描き始めるわけで、要するに美人ばっかりを描かなくなったわけですよね。あの流行の中から、北斎の絵が生まれてく。それが時代の影響でもなんでもなく、北斎自身の中から出てくるものでやり得たという、それはすごいことだと思います。

田中泯

意識した北斎の体つき

――北斎に詳しいのは、もともとお好きだったからですか?

 僕は好きだから、もちろん絵を見ていましたけど、北斎という人の話を美術家の友達と昔話して、だいぶ盛り上がったことはあります。

――今回、どのような役作りをされたのでしょうか?

 北斎がどういう体つきをしていたかを一番考えていました。老人とひとくくりにしても、老人の象徴的な体かっこうがあるわけで、それを北斎で、と考えた時に、プライドが高い人だろうし、たとえば胸はどうなっていただろうかとか、肩が前に出ていたのか、肩を下げる人なのか、話す時には顔を前に出す人なのかなとか、いろいろなことを考えながら体の北斎像を作りました。それで演技しました。

――それはダンスをやられているからだと思うのですが、演技を始めた最初の頃から意識していることですか?

 最初の頃からそうでしたね。お芝居をやるってなった時に、俺はダンスばっかりやってきちゃったから、どうやって入り込んだらいいのかと。要するにセリフでその人を表す能力が僕にはまったくないから、セリフは言葉として聞いてもらえばいいやと思っていたんです。ただそこにいるだけでも、その人としてずっと見られるわけじゃないですか。その身体全体の印象というのは、その人だと理解さえしてもらえれば、僕はそれで十分だなと思って。それでずっとやってきています。

 実際、世の中の人の体は、みんなどこかちょっとずつ違うんですよ。ちょっとずつ違うものを一人の人間分やるだけで、その人らしい雰囲気が生まれてくるわけですよね。短気の人は短気の体を持っている、ゆったりした人はゆったりした人なりの体つきをしている。それで今回は首をずっと前の方にしてやってみようと、決まってくる。その作業は楽しかったですね。

――また、そのように北斎を演じられて、心境の変化などはありましたか?

 彼と比較すること自体が恐れ多いのですが、北斎みたいな天才は、時代の条件もありますが、生まれるべくして生まれた天才だと思います。そういう人の生きざまに役を通して触れられたという、こんなラッキーなことはないと思います。

――同じ芸術家として幸せに感じるわけですよね。

 そうです。僕は踊り手ですから、踊りを踊るということと、彼の人生はつながりようがなかったのですが、出演することで僕が知らなかった情報をたくさん知ることができたわけですから、こんなに幸せなこともないですね。

(C)2020 HOKUSAI MOVIE

常識を疑った人たちの後を懸命に

――変化を求めていた北斎のように、変わり続けたいと思うことは?

 もっというと踊りの始まりは、言葉以前の時代ですから、本当に小さなコミュニティで通用するもの、今の言葉でいう言語性を踊りが受けもっていたわけですよね。それは刻々と変わっていくものであると。蛇は5回も6回も転生してまるで違う姿になり、人間もそうなんです。生きものの典型は、変化し続けるということだと思うんですね。人間だけが変わらないで居座るものではないと、それを北斎が示してきたと思う。なので、これがやれたことはうれしくて、うれしくて(笑)。

――北斎はまた、そのために自分の描きたい絵を追求しましたよね。

 僕も若い頃から嫌なことはやりたくないと、自分で決めて生きてきました。自分が嫌だと思うことをしないで生きられるなら生きていきたいと。僕もいろいろなことをやってみたんですよ。結局、自分の中で続いているのは踊りだけで、ここまで我慢したのか、そのまま惹かれていたのかわからないけれども、気が付いたら踊りに夢中になっていた。そっちに突っ走って生きていくのが一番いいんだろうと。

 それと世の中の常識というものは、その瞬間は正しいのかもしれないけれど、それが世界を作っているわけではないだろうということは、早くから思っていました。人から常識外れと言われても気にしない。それは北斎を見て、ますます感じたことですね。

――自分の生き方は合っていた、という確信に変わられた?

 いや僕は全然及ばないけれども、ニュートンにしろエジソンにしろ、それこそ北斎にしろ、常識を疑った人たち、そういう人たちの後に懸命についていければいいなと思いますね。

――この映画を観る人も同じ気分になりそうですよね。

 そうですよね。要するにお金にまつわることでは、僕たちは損得で物事を考えがちですけど、僕はむしろ本当の損得は自分自身のことだと思うんです。そこには値段がつけられない、値段のないことがあるわけです。それは自分で責任を持って、自分のことは自分で決めて動いていくわけですから、それを実現するということに、しばしば得したなあと思いますね。それが今回で言うと、葛飾北斎と出会ったことになるんです。

全国公開中

田中泯

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