式典に出席したサンミュージック所属タレント

 サンミュージック グループ創立50周年記念式典が27日、都内でおこなわれ、所属タレント約160人が出席。50年の歩み、そして未来について語り合った。

 式典では、千葉県県知事の森田健作氏が「桜満開の時期もあった、秋が来て真冬のトンネルに入ったときもございました。私も自暴自棄になりそうときもありました。でも、出口のないトンネルはない、トンネルには必ず出口があるんだ。出口はありました、眩しい日差しを浴びることが出来ました。ここに立たせていただいているのは相澤会長のおかげです」と挨拶した。

 また同氏は、亡くなった創業者の故・相澤秀禎氏から学んだことなどのエピソードを以下の要旨で語った。

森田健作氏

◎森田健作氏、囲み取材時のコメント

 (デビュー前)顧問でいる福田(時雄)さんがね、「君は何をたべたいんだ」というので「ハンバーグ」と答えたら、銀座でハンバーグを食べさせてもらって。そりゃ美味しいですよ。それで次は『寿司を』と。そうしたら「芸能界に入ればこれが毎日のように食べれるぞ』と言われて、『宜しくお願いします』と(それで会社に所属した)。その後も中華料理も食べさせてもらったし。

 まさしく忙しい毎日。いろいろな雑誌に出せてもらって、素晴らしい時代を送ることができて、本当にみなさんに感謝。あの頃のスケジュールなら3、4回は死んでいる。(まともに)寝られないから。移動しながら菓子パンを食べながら寝ている状態。当時のアイドルはそうでしたよ。

 それでも嬉しかったですよ。俺みたいなやつにファンレター1000通が来て。全部は読めないけど、マネージャーが読んで、これだけは目を通した方がいいよというものを読んで。

 (サンミュージックは)人生の全て。私が松竹でデビューした時に、新聞でも『スター』と書かれたけど、会長がね「おい森田、おまえはスターじゃない、一時の有名人」と。「スターというのは映画で主役、テレビで主役、歌をヒットさせて、舞台で座長をやり、そういうのを淘汰してスターと言うんだ」と言われましてね。

 コンサートをやるわけですよね。当時はアイドルだから。それで、声をかけられたらそっちの方に向いちゃう。それは嬉しいですからね。でも当時、会長ね「前列の6番目、7番目までは“ワーワー、キャッキャ”と言っているけど、それ以降のお客様はお前がヒット出した『さらば涙と言おう』『友達よ泣くんじゃない』とか、それを聴きたいと思って来ている。それを忘れちゃいけない」と。

 政治は、一つの出来事があると、声が高い人がいますよね。それだけに左右されると大きな間違いをする。サイレントマジョリティといいますけど、そういう人たちのものをしっかり見ておかないと間違える。大変勉強になりました。

 サンミュージックは、アイドルが出ています。時代の流れで、お笑い芸人も頑張ってくれています。それはそれでいい。一人一人がサンミュージックの誇りと「ヨシ頑張るぞ」、「サンとはなんぞや光り輝く笑顔」そういう気持ちをもってやっていけば、うまくいってなくてもトンネルには必ず出口はあるんです。出口を出たら、素晴らしい眩しいぐらいの日差しに会うことができます。そう思ってやってきましたから。

 僕はね、人間はみんな年齢は重ねる。私の心の年齢は、青春は、どんどんブラッシュアップしています。

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