フレデリックが7月11日、シングル「飄々とエモーション」をリリースした。4月30日に開催された自身初のアリーナ公演となった『FREDERHYTHM ARENA2018 ~KOKYOのTOGENKYO~at神戸 ワールド記念ホール』で初披露した同曲は、アリーナで鳴らすことを想定して制作。今までリズムに重きを置いていた彼らが「歌に比重を置いた」という、まさに次節の始まりを告げる意欲作だ。桃源郷から楽園へ。目標だった同公演を終えて迎えた今作。今何を思うのか、話を聞いた。【取材=村上順一/撮影=冨田味我】

感情の燃やし方を大事にしたい

三原健司(撮影=冨田味我)

――4月30日におこなわれたバンド初のアリーナワンマン『FREDERHYTHM ARENA 2018 ~KOKYOのTOGENKYO~ at神戸 ワールド記念ホール』、皆さん各々高揚感を感じられた箇所はどこでしたか。

三原康司 やっぱりステージに立った時ですね。今まで一番良いと思えるものがそのステージで起こせるようにと向かっていたから、そこに立った時の高揚感はこれまでとは違いました。

赤頭隆児 ワンマンライブって自分たちのために(お客さんが)来てくれるわけじゃないですか。あの人数では初めてのことだったので、ステージからお客さんの姿を見た瞬間でした。

高橋武 僕は始まってから「飄々とエモーション」(編注=このライブの最後に披露)をやるまでに徐々に高まっていったという感覚です。もちろん会場に満杯のお客さんが僕らを見てくれている感じとか、隆児君が言っていたように、僕らだけを観に来てくれているんだなということが実感できる瞬間など嬉しくなる瞬間は沢山あって。でも、ただの「ただいま」ではなくて、その先を見せるというのが今回のライブではすごく大切なことだったので。その先というのが「飄々とエモーション」でした。そこにどうやって持っていくか、みんなを連れていくかというのが意識的にあったので、徐々に高まっていったという感覚でした。

三原健司 地元ということもあって実感がなかったところもありました。ライブが始まる前の物販の様子とか開場前の様子、知り合いのバンドが花を送ってくれたのをメンバーと見に行ったりした時に高揚感が高まった感覚はありました。昔お世話になっていたライブハウスの店長とか、懐かしい人の名前があるとより高まる感覚はありました。

――そういえば、今回サブタイトルに“KOKYO”とついてました。最初に「ただいま」と言うかと思っていたのですが、意外に終盤だったので凄く印象的でした。

三原健司 単なる凱旋という感じにはしたくなくて…。途中加入したタケちゃん(高橋武)もいますし。でも、初めての全国ワンマンツアーで最初にスタートを切ったのが神戸で、しかも、タケちゃんの正式メンバー加入発表なども神戸で、初めてのことが神戸にあったので、何か新しいことを始める時は神戸という認識が自分たちにはありました。それを一回で終わらせたくないからこそ「故郷に帰って来ましたよ」という姿勢を見せなったというのはあります。本当に最後に出た「ただいま」はポロっと自然に出てしまったんです。

――印象的だったのがセンターステージでFAB!!〜Frederic Acoustic Band〜として披露した「ほねのふね」。レーザーがまるで海のようで船で浮かんでいるかのような演出でした。あれは、どういった思いで?

(※編注=18年05月02日既報「TOGENKYOのその先へ 初単独アリーナで見せた未来:レポート」http://www.musicvoice.jp/news/20180502093530/)

三原康司 もうあそこは驚かせたい欲ですね(笑)。僕らは想定外のことで驚かせるということをワンマンライブで常に続けてきたバンドだと思っていて、その中でのFAB!!という演出だったり、やったことがないことで自分たちがどう映るのか、どんな風に曲を受け取ってもらえるのかというワクワク感をこの先もずっと持ち続けたい、それが糧やエネルギーになっているな、そんなことを考えながらFAB!!をやっていました。

――隆児さんの部屋に近いというステージセットでは、リラックスしていたようにも見えました。

赤頭隆児 セットとしては「たりないeye」のMVを再現したものなんですけど、心境的には僕の部屋に集まってやっていた当時を思い出した感覚はありましたから。

――あの「ほねのふね」の演出のアイデアはどなたが?

三原康司 スタッフ含めたフレデリックのチームです。みんなで話し合って決めました。始まりの地でもある神戸、しかもアリーナでああいった壮大な演出ができたのは嬉しかったです。自分たちの経験が生み出したものなんだなと実感しています。

――昨年の『フレデリズムツアー2017 QUATTRO編~僕のTOGENKYO~』で健司さんが「このQUATTRO公演の熱をアリーナに持っていきます」というお話をされていたのが印象的でした。実際その熱を持って行けていたとは思うのですが、アリーナとライブハウスでは違う感覚はありますよね?

三原健司 確かに違いますね。単純に規模が大きいので自分たちの立ち振る舞いなどは違います。アリーナアーティストになるための、という意味も含めた言葉でした。何も言わずにワールド記念ホールに立っていたら普通のアリーナアーティストだったと思っていて、熱を持っていきたいという気持ちを伝えたことで、その気持ちを知ってくれているお客さんたちは、何も言わずともそういう気持ちで繋がっていたと思うので。アリーナはライブハウスとは違うけど、みんなに信頼を置いてやれていたのは、言葉を残したからこそだったからなのかなと思います。

――自分もあのMCがなかったら、また違ったステージになったのではないかと思いました。

三原康司(撮影=冨田味我)

三原健司 自分が思っているよりみんな汲み取ってくれていて。その言葉が伝わっていたのがアリーナでも感じましたから。それこそセンターステージはライブハウスのような、アリーナに行ったからといって遠くに感じさせたくないというのもありました。その時の言葉を体現したくて、僕らがもともと持っている近さや家族のような感覚でセンターステージを作ったので。その時はフレデリックらしい繋がり方にはなったなと思っていて、自分たちが期待していた以上のものをお客さんからもらったなと。アリーナでもこんなに繋がれるんだと感じました。

――発見もあったわけですね。そのライブの中で「飄々とエモーション」も初披露されましたが、これはいつ頃から作り始めたのでしょうか。

三原康司 まさにツアー中でした。ライブはお互いに色んな感情、喜びや楽しさといった感情を揺らすわけじゃないですか。その時の感情の燃やし方と言いますか、それを大事にしていきたいなという気持ちを込めて作りました。

――“飄々”というワードがすごく新鮮で。

三原康司 今すごく僕らに合う言葉だなと感じています。この言葉は「つむじ風に乗っていく」というような意味があるんですけど、良いところは、フラフラとしているわけではなくて、芯があるからこそ、その風にしっかり乗っていける、重すぎたらそこから動けない、軽すぎれば違うところに飛んでしまう、誰にもなびくわけではなく、自分たちの意思を持って冷静に物事を判断できて、時には感情的になれる言葉だなと。僕たち自身もそう言った感情をもっと目の前にいるお客さんたちと揺らしていきたいなと思って。今の日本にもこの飄々という言葉が必要なんじゃないかなと思います。

――昔から気になっていたワードだったのでしょうか?

三原康司 気になっていたワードではありました。日本人らしい言葉で、日本人しか使わない表現なんだろうなと。僕にとってはそういう言葉って魅力的なんですよね。バンドの向き合い方がまさに飄々だったとも思いますし、ただ強いプライドを持っているだけじゃなく、大事な部分でそこに目線を向けていけたから、今があると僕はすごく思っています。

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