俳優の大森南朋が率いるロックバンド「月に吠える。」が6月27日から3週連続で、配信限定シングルをリリースする。俳優として確固たる地位を築く大森が、芝居と同じく「自分を形成している一部」と語るのが音楽だ。実は20代の時にバンド活動していたものの、俳優業が忙しくなり諦めた経緯がある。そんななか4年前に、古くからの友人である塚本史朗(G)と再会したことを機に意を決し現バンドを結成した。ロックンロールに浸かった中学時代の衝動を引き継いでいるとも言う、彼らの音楽はどのようなものなのか。そして今、どう向き合っているのか。【取材=村上順一/撮影=冨田味我】

 「月に吠える。」は、ギター&ボーカルを務める大森、そして、これまでに数々のアーティストのサポートを担当してきた塚本を中心に、数々のバンドで活躍している長野典二(B)、大森と同じ事務所で俳優としても才能を発揮する山崎潤(Dr)からなる。

 今回リリースする配信限定シングルは「気まぐれジョニー」(6月27日)、「さよならブギー」(7月4日)、「ワンダートレイン」(7月11日)の3作品。叙情的な詞の世界観が特徴で、それをパワフルなロックで表現。音の質感や空気感が感じられる渾身の作品となっている。いずれも大森が作詞作曲を手掛けた。ライブでは既に披露されており、ファンの間ではリリースが待たれていた。

 今夏にはツアーも予定している彼ら。東京・中目黒のバー「I gatta」で、結成秘話、そして音楽にかける思いを聞いた。

バンド名は言葉の響きから

――バンド結成までの経緯を教えてください。大森さんと塚本さんから始まったんですよね。

塚本史朗 南朋さんと出会ったのが17、8年前で、僕はまだローディーをやっている頃でした。その時から「バンドやりたいね」という話をしていたんですけど、皆だんだん忙しくなっていって実現はしなくて。それで4年前に偶然、酒場で南朋さんと会って、色々と話を聞いてもらうなかで、「バンドやろうぜ!」という話に。

大森南朋 もう、会うたびに「バンドやろうぜ」と言っていましたね。

塚本史朗 それで、本気でやりたいと思って改めて連絡したら「いいよ」と返事をもらえて。そこから色々準備し始めてそれが4年前の5月31日です。メンバーはどうしようか、という時に、福岡の先輩でもあり、南朋さんの事務所の後輩でもある山崎さんにドラムをお願いして。ベースは典ちゃんを紹介してもらって今のメンバーになりました。

大森南朋

大森南朋

――バンドに誘われた時の心境はどのようなものでしたか?

長野典二 まず大森さんとバンドをやるということ自体に興味がありました。史朗君は地元の先輩で、生バンドというものを初めて観たのが史朗君のバンドでした。バンドに興味を持たせてくれた先輩です。その人と一緒にバンドをやるということにも運命的なものを感じました。

山崎潤 迷いはなかったです。ただドラムからは遠ざかっていたので不安はありました。先程も話に出ていましたけど、「バンドやろうぜ」というのは良く話には出ていて、史朗とやったりもしていたんですけど、長続きはしなくて。

――満を持してのバンド結成となったわけですが、大森さんはこのお誘いをどのように感じてお返事したのでしょうか。

大森南朋 昔、バンドをやっていたけど、中途半端な形で抜けてしまって。仕事が忙しくなって、そのバンドに迷惑がかかっていたので辞めたんですが、ずっと、いつかはバンドを組みたいなと思いながら役者もやっていて。その間も曲は作っていたんですよ。それでこの機会にやろうかなと。

――ということはタイミングが良かったというわけですね。

大森南朋 そうですね。ちょうど40を過ぎた時で、仕事も遮二無二(しゃにむに)にやるという感じでもなくなって。ちょうど良いかなって。

――曲はいつ頃から書き始めたのでしょうか。

大森南朋 20歳ぐらいだったと思います。

――では、音楽やロックに目覚めたのはいつ頃でしたか。

大森南朋 小学校ぐらいから音楽を聴く行為が格好良いというのがあって。中学校に入ったら、それこそ『ベストヒットUSA』や『MTV』があって、そのなかで日本語ロックも出てきて、それぐらいからですかね。最初はTHE STREET SLIDERSやThe Rolling Stonesが好きで、ロックンロールはそれから色んなものを聴いていました。

――その時の音楽の衝動が現在の楽曲にも表れていて、どこか魂を引き継いでいるかのように感じます。

大森南朋 そうですね。ずっと引きずっているというか、魂とかそんな格好良いものじゃないけど。未だに中一のまま。

――少年の頃の気持ちを持っての活動ですね。バンド名も個性的ですが、どのように付けられたのでしょうか。

大森南朋 これは仮だったんですよね。たぶん、萩原朔太郎さんの事はよく分かっていなかったんだと思います。(※編注=萩原朔太郎は明治から昭和にかけて活躍した詩人。代表作にバンドと同名の『月に吠える』がある)。言葉の響きというか、どこかに刷り込まれていて出てきたと思うんですけどね、この意図はあまりなくて。最初はみんな苦笑いしていたよね?

長野典二 僕はそんなことなかったですよ。

山崎潤 僕も響きとかすごく気に入りましたね。

大森南朋 たまに「月に吠え“ろ”」と間違われるんですけど(笑)。