今年ソロデビュー20周年と還暦を迎えたChage。これまでに数々の名曲を生み出してきた彼がソロとしては初のベストアルバム『音道』をリリースした。19歳の時に制作され、チャゲ&飛鳥(CHAGE and ASKA)のデビューアルバム『風舞』にも収録されている「終章(エピローグ)」を今のChageの声と音で収録した。当時の景色を蘇らせることができるのがベストアルバムの真髄と語るChageは自身の“音道”を振り返り「20年掛けてやっともう一人のChageが築けた」と総括する。彼が見るこの20年の「音道」はどのようなものだったのか。【取材=村上順一/撮影=冨田味我】

希望を感じてしょうがなかった「終章(エピローグ)」

Chage(撮影=冨田味我)

――ソロ初のベスト盤『音道』がリリースされましたが、もうタイトルから素晴らしいです。

 本当にね。ラジオ番組で『Chageの音道』というのをやっていることもあって、その前には『Chageの細道』というタイトルで「アコースティックで普段行けないところにライブをしに行こう」というコンセプトでやっていた流れもあっての今回のタイトルです。僕のなかではすごく理にかなっていて、これに決まった時に腑に落ちたといいますか、タイトルからも単純にChageの音の歴史を聴いてもらえるアルバムになったなと。

――1曲目に収録されている「終章(エピローグ)」は19歳の時に制作された曲なんですよね?

 そうです。CHAGE and ASKAの曲でもあるんだけどソロ曲でもあって。アマチュアの時の楽曲なので一番古いんです。ヤマハのポピュラーソングコンテストに応募しようと思って作った曲なんですけど、エントリーはこの曲ではしなかったんです。

――こんなに名曲なのにですか。

 当時のスタッフが「この手のバラードは沢山あるからコンテストだと埋もれるよ」って(笑)。なので、その時はアップテンポな楽曲でエントリーして賞を貰ったんですけど。それがきっかけでデビューも出来ました。

――その時のスタッフの方の判断は当たっていたと。

 そうですね。デビューした後にプロデューサーが「終章(エピローグ)」は凄く良い曲だから、絶対レコーディングしたいと言ってくれて、1stアルバムに収録してもらって。なので、この曲は10代、20代からとその世代ごとのバージョンが存在していて。

――それって凄いことですよね。

 本当だね。節目に絶対歌ってきている楽曲で、今回の『音道』にピッタリの楽曲だなと改めて感じています。メモリアルバージョンとなっていることもあって、ソロデビュー20周年、そして、60代の「終章(エピローグ)」がここに完成したわけです。こうなると次の年代もまた歌い続けて、その年代の表現をしていくんだろうなと。

――19歳の頃のデモテープって残っていたりするのでしょうか。

 いやー、ないでしょうね。もしかしたら友達を伝っていけばどこかにある可能性もありますけど。あったとしてもテープが劣化していて聴けないんじゃないですかね。

――アナログが故のですね…。今回60代の「終章(エピローグ)」を亀田誠治さんがアレンジされてます。

 亀田君はCHAGE and ASKAの時からやってくれていることもあってお願いしました。今ではもう売れっ子アレンジャーですよね。過去に発表してきた「終章(エピローグ)」は全て同じメロディと歌詞でいじってはいないんですけど、面白いことに全部色が違うんです。いろんな色があるなかで新しい「終章(エピローグ)」を亀田君が作ってくれました。別れや失恋を描いた曲なのですが、亀田君のアレンジはそれを越えていく力強さ、なぜかこの曲から希望を感じてしょうがなかった。これは新しい発見だなと思って、迷うことなく1曲目にしようと思いました。

――アレンジに引っ張られた歌の表現になったのですね。

 そうです。このアレンジを聴いてマイクの前に立って「さあどう表現するかな」と。

――そのマイクはビンテージのものみたいですね。

 そうそう。真空管が入ってるマイクでお気に入りなんです。メンテナンスが大変なんですけど。真空管なのでたまに機嫌が悪いとノイズとか出てくるので、直るまでレコーディングを中断したりして。

――現代の機材ではありえないですね。

 ビンテージはそういうものですからね(笑)。僕らの活動してきている時代はアナログから全て始まっているので当たり前なんです。レコードだってアナログだし、そこからCDになりDAT(デジタルオーディオテープ)、MDになってと形態の変化を目の当たりにしてきた世代ですから。毎回それにあった音作りをしてきているつもりです。でも、面白いのはデジタルが何を求めているかというとアナログなんですよね。カメラなんかもそうだと思うんですけど最新型はアナログの質感に近づいていますし。アナログの温かみを人は求めているんです。80年代は逆にデジタルでしか出来ないことを追い求めてました。僕らもデジタルの機材を投入してサウンドを構築したこともありました。

――「ふたりの愛ランド」はまさにそのデジタルの走りですよね。

 そうそう。この時はヤマハ音楽振興会に所属していたので、電子楽器や打ち込みを取り入れるのは早かったですよ。

――この曲は当時どのような制作方法で進められていったのでしょうか?

 これはJALのキャンペーンソングとして作られました。若者を沖縄に連れて行こうというキャッチコピーで。そのなかで若者が歌えるデュエットソングを作ろうという感じでスタートしたのを覚えています。コマーシャルソングですから15秒が命です。この15秒でどれだけのインパクトを残せるかというのにこだわってました。なので、サビの歌詞も「夏」を連呼して印象を強めたんです。でも、最近この歌をよくコンサートなどでも歌わせてもらうんですけど、サビ以外の歌詞もよく出来ているなと改めて感じています。