先日、平井堅の歌唱パフォーマンスが話題を集めた。それは、目隠しをして新曲「知らないんでしょ?」を歌うものだった。なぜ、目隠しをしたのか。話によれば、平井自らの発案だったという。そもそも、テレビ朝日系木曜ドラマ『未解決の女 警視庁文書捜査官』の主題歌である同曲は、現代のメンタリティを掘り下げた社会性のあるメッセージが綴られている。その曲を“目隠し”した状態で歌うということに大きな意義がありそうだ。情報飽和時代とも言われている昨今。その中で平井が投げかけたメッセージとは何か。

サウンドで情念の変化を表現か

 平井堅は、5月18日放送のテレビ朝日系音楽番組『ミュージックステーション』(Mステ)で、目隠しをした状態で同曲を歌った。斬新な演出は放送後、ネットを中心に話題を集めた。なぜ、そのようなパフォーマンスをおこなったのか。核心に触れる前にまずは音楽的な観点で同曲を分析してみたい。

楽曲「知らないんでしょ?」は、深層下の色を感じさせるピアノの伴奏に、端的な言葉が重なり、深く澄んだアンサンブル中で明瞭なメロディが浮かび上がるメッセージソングだ。そのサウンドは、淡々と緊張感のある心音のような4つ打ち拍と、心情の瞬きを捉える鋭利なSEが印象的に響く。それらからは、平井堅が感じる現代においての“閉塞感”という感情がひしめていることを、暗示しているようだ。

 <私なんて知らないんでしょ? 私なんていなきゃいいんでしょ? あなたに笑いかけては心で 何度も殺すの>という歌詞に見られるようにダイレクトな言葉を、心情を浮かび上がらせるように歌い、直接的に受けるにはどこか痛みを伴うような世界観を演出している。

 楽曲の展開的には特殊な進行ではなく、どちらかと言えば比較的聴きやすい構成と感じられるのだが、時折ピアノが線を切るような打鍵のアプローチをみせたり、ほんの一瞬の思考停止を表すように、ボーカル以外のサウンドが完全オフになったりと、楽曲が提示するサウンド・時間軸の流れは、人間のめまぐるしい情念の変化をフィルターなしに表現しているようだ。

 それは、平井堅が「知らないんでしょ?」について『Mステ』でのパフォーマンス前に語った以下の言葉から、くっきりと延長線を感じることができるようだ。

 「情報飽和時代というか、見たくないものまで見えてしまったり、見ると傷付いちゃうのにあえて見てしまったり。そういうことが僕にもあって、そういう“閉塞感”を表せたらいいなと思って表現しようかなと思いました」

 平井堅が口にした“閉塞感”というワードは、「知らないんでしょ?」という楽曲にピタリとはまっている。そしてその閉塞感を、楽曲の表現として目隠しをしてのパフォーマンス。Mステでのこのような演出にあたっては、平井堅本人の発案で、このことからも平井堅がこの演出で歌に込めた思いがもっとも表れる表現としての強い思いがあったことがうかがえる。

平井堅が表現する“閉塞感”の意味とは

 そのMステでは、平井が歌唱前に「“エゴサ”をしたりするのですか?」という質問を受け、「僕はガラケーなので、Twitter検索とかは凄く時間がかかるんですけど…外に出たときとかよくツイートされるので、友達からの『またされたよ』という報告を聞いて喜ぶ。『今、平井堅、千代田線(笑)』とか。どこに行っても『(笑)』が付くんですよ。滑稽な存在なのかなと思って」と、笑い混じりに答えていた。

 平井堅のように全国的に知られる人物でなくとも、自らの評判やフィードバックを得るために“エゴサーチ”をすることは、決して珍しくない時代ではないだろうか。何かを表現・発信したりすることによって、様々な反応を得ることができる。そこには、良い評判もあれば、胸をえぐられるような批難もあり、それらの情報を容易に、ダイレクトに受けることができる。

 そういった反応を“見なければ、どちらも見ないで済む”という風にも捉えられるが、やはり自分のアクションに対する「評価」や「反応」は気になるところかもしれない。SNSの爆発的発展には、ある種そういった要因もあるのかもしれない。

 どんなに良かれと思い発信したことも、その内容と質にもよるが、100個の好評があれば、1個や2個は批評や批難が混じることもある。どれも誰かが「思っていること、感じたこと」なのだが、その全てを共有した場合、何かが壊れてしまうような微妙なバランスを孕(はら)んでいる。

 情報過多の現代では、その感情のコントラストが、平井堅の言う通り“見えてしまう”のだ。それはエゴサーチやSNSに限ったことではないが、見たくないものまで見えてしまうと、本来の純粋な欲求のブレーキになってしまうこともあり、そこに囚われると“閉塞感”に苛まれる。

情報飽和時代でも見えないことを、見せる

 パフォーマンスの途中で、平井堅は「それでも――」と言わんばかりに目隠しを外し、歌唱を続けた。「知らないんでしょ?」のパフォーマンスは、人間の本質を直視するようだった。他者のあらゆる感情や情報が際限なく“可視化”された現代に投げかけたメッセージとして胸に突き刺さる。

 「知らないんでしょ?」という作品は、大勢が現代で抱えるモヤモヤとした葛藤をくっきりと表現したものである。楽曲・歌・パフォーマンスによって、“閉塞感という見えないもの”をリスナーに感じさせた。「情報飽和時代でも見えないことを、見せる」という、平井堅の現代的な表現「知らないんでしょ?」は、閉塞感という息苦しさから「解放されたい」というメッセージのように感じられる。【平吉賢治】

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