3人組ユニットのLUCKY TAPESが5月23日に、メジャーデビューEP『22』をリリース。2014年に高橋海(Vo&Key)、高橋健介(G)、田口恵人(B)で結成、2015年にデビュー・アルバム『The SHOW』をリリースして以降その音楽性から、近年のシティポップや渋谷系音楽のリバイバルブームのなかで注目を集め、2016年には映画『オオカミ少女と黒王子』(二階堂ふみほか出演)挿入曲を提供した。中心メンバーの高橋海は、他アーティストへの楽曲提供をおこなう他、CMソングも多数手掛けている。ホーンやコーラスを含めた総勢9人編成による、他のバンドと一線を画すライブも話題で、現在さまざまなフェスにひっぱりだこだ。そうしたなかでリリースされる今作『22』は、彼らのルーツであるソウルミュージックを軸にしながら、今の時代感をまとった浮遊感と軽快さが秀逸だ。全曲の作詞作曲を手がけた高橋海は今作について「夜が幕を開ける22時、社会へ飛び込む22歳。何かが始まる期待と不安に胸が高鳴る、そんな瞬間を描きました」と話す。彼らが求めるものと望むものとは? LUCKY TAPESの音楽とライブの魅力に迫った。【取材・撮影=榑林史章】

マイケル・ジャクソンがきっかけ

『22』ジャケ写

──LUCKY TAPESは渋谷系やシティポップのリバイバルにくくられてしまうことも多いですが、みなさんはどんな風にとらえていますか?

高橋海 実際のところ、このバンドで活動するまでシティポップはほとんど聴いたことがありませんでした。メディアなどからシティポップと括られたことで、どんな音楽だろうと、山下達郎さんなどをちゃんと聴いてみたり。そもそも、シティポップ自体がブラックミュージックを日本流に解釈したものだから、手法と言うか作り方は僕らも同じ訳で、結果的に近いサウンドになっているんだと思います。2人もシティポップや渋谷系は、通ってないんじゃない?

田口恵人 まったく。知っていても山下達郎さんくらいでした。

高橋健介 フリッパーズギターも聴いたことなかったし。でも、1stアルバムを出したときは、渋谷系みたいだって色々なところで言われましたね。

──今作のEP『22』を聴くと、きっとフィリーソウルとか70年代のブラックミュージックなどからの影響が大きいのかなと思いましたが、実際にみなさんのルーツとなっている音楽はどんなものですか?

高橋海 初めて意識的に音楽を聴くようになったのは、2000年代のUSポップチャートに上がっているようなヒット曲でした。当時のポップスはR&Bやヒップホップが主流で、アーティストとしてはカニエ・ウェストやエミネム、アリシア・キーズ、クリス・ブラウンとか。

──西海岸という感じですね。

高橋海 そうですね。小学生の頃、LAに遊びに行って、当時現地のラジオから流れていたそういったR&Bやヒップホップが僕の音楽の原体験です。それから色々な音楽を聴き漁って今があるわけですけど、やっぱり小さい頃に触れた物事の感覚っていつになっても忘れないものですよね。

高橋健介 うちは親が音楽好きで、小さいころから家でザ・ビートルズ、クイーン、カーペンターズ、アバが流れていました。その四択しかなかったんですけど(笑)。姉がピアノを習っていて家にピアノがあったりとか、音楽に触れる機会は多かったです。高校では軽音部でパンクやロックをやっていたんですけど、大学に入る前はエリック・クラプトンやCharさんなどのブルースが好きでした。そんな中で、ふとCDショップの試聴機で聴いたダニー・ハサウェイとブランニューヘヴィーズに衝撃を受けて、今の僕の音楽性があります。ソウルのエッセンスが自然と自分のなかに入ってきて、しっくりきたことを覚えています。そこからブラックミュージックのルーツやR&Bなどをたくさん聴くようになっていきました。

田口恵人 僕は、自分から好んで聴いていたわけではなかったんですけど、親が音楽関係の仕事だったこともあって、家ではインコグニートとかのアシッドジャズや昔のAORなどがずっと流れていました。それであるときに聴いたレッド・ホット・チリペッパーズに衝撃を受けてベースを始めて、それ以降は家にあったソウルのレコードを漁って聴いて今にいたった形です。

──どういったきっかけで、バンドを組むことになったんですか?

高橋海 僕以外の2人は高校の軽音部時代の先輩後輩で、僕も地元が同じなので、お互いに何となく存在は知っていて。地元の音楽コミュニティーの中で自然と知り合って、前身バンドを組んだんです。それから進路の違いなんかで前身バンドが解散した後、久しぶりにみんなで集まった時、マイケル・ジャクソンの死後にリリースされた「ラヴ・ネヴァー・フェルト・ソー・グッド」の話ですごく盛り上がって。じゃあ久しぶりにスタジオに入ってみようか、と。そこで、「ラヴ・ネヴァー・フェルト・ソー・グッド」のコピーをしたりしているうちにオリジナル曲の骨組みが生まれて。こういう方向性で新しいこと始めてみようということで、LUCKY TAPESが始まりました。紆余曲折ありながらも、もともとみんなソウルやファンクが好きだったから、結局ここに戻ってきたという形でしたね。

──LUCKY TAPESというバンド名も、その時に付けたんですか?

田口恵人 居酒屋で考えたんじゃなかった?

高橋海 そうそう。特に意味から考えたわけではなくて、いくつかの単語の中からの組み合わせで。意図はしていなかったけど、今となっては不思議と自分たちの音楽性にハマっているなと思います。

──ライブでは、3人に加えてホーン隊や女性コーラスを含めた大所帯の編成でやっていて。

田口恵人 トロンボーンは最初からいて、最初は5人編成でした。

高橋健介 今は基本9人編成で稼働しています。でも9人を動かすとなると大変ですよ、車で移動するときや楽屋が狭いし、経費もかかるし(笑)。それでもバリバリとライブ活動をやっていますけどね。

──自分たちの目指す音を表現するには、それくらい必要だったということですか?

高橋海 同期とかシーケンサーは極力使いたくなくて。曲は、基本的に自分が宅録で組んでいくんですけど、それをライブで再現するとなった時に管楽器やコーラスが必要になって、次第にサポートミュージシャンを加えていった形です。ライブだと、生音の方が圧倒的に華やかさが出るし、サウンド面はもちろん、観る楽しさもあると思います。

高橋健介 他の4〜5人組のバンドと比べて、演奏する人数が倍いるし、生楽器ならではの、同期では出せない迫力があります。それが僕らのバンドの良さだし、強みだと思っています。

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