東京・渋谷百軒店にかつて存在していたレストラン「HESO」で結成された2人組ユニットのjan and naomi(ヤン アンド ナオミ)。店が閉店した後もその灯は絶やすまいと「HESOという場所になりたい」という思いでライブ活動などをおこなっている。

 彼らのキャッチコピーは「狂気的に静かな音楽」。それを示すように、聴くものの心の中にそっと入り込み掻き乱してくるサウンドと歌声が特徴だ。その音楽性は業界内からも評価が高く、藤原ヒロシや浅野忠信などの著名人も称賛している。

 4月18日にはメジャー1枚目となるフルアルバム『Fracture』をリリースする。2つの物語が群集劇のように交差する中毒性の高い1枚で、歌詞からは彼らの哲学的な一面を、サウンドにはノイズに対する美学などが感じられ、まさに彼らの音楽性が詰まった作品となっている。

 2人がどう出会い、どう楽曲を作るようになったのか、そして、「HESO」が彼らに与えたものなどは何だったのか。今回はインタビューを通じて彼ら、そして今作の魅力に迫ってみた。【取材=村上順一/撮影=片山 拓】

原点としてはパフォーマンスアート

――渋谷百軒店の「HESO」というお店で結成されたとのことなのですが、なぜjan and naomiというシンプルなユニット名に?

『Fracuture』ジャケ写

naomi HESOはバーとレストランの間のような店だったんですけど、店長が知り合いのミュージシャンを呼んでライブイベントをやっていて、janとはそこでよく顔を合わせるようになって、HESOが閉店するときに初めて2人で曲を作ったというのが僕らの始まりでした。

 それで、曲が出来たので2人でライブをやってみようとなって、「naomiとjanだからjan and naomiということになるね」という感じで暫定的につけて。そのあと一晩だけ、僕らと仲の良い友達とで名前を考えたこともあったのですが、どれもしっくりこなくて結局そのままで。

jan どれもしっくりこなかったのも、バンドという意識が2人ともそんなになかったからかなと。曲は個々として作って、レコーディングするときにお互いのエッセンスを混ぜ合わせる、そういった制作プロセスがあるので、いわゆるバンドみたいに2人でゼロから練ろうという感じでもなく。そういった意識があったから必然的にjanとnaomiになったのかなと思います。もちろんjan and naomiというひとつの生き物でもあるし、それは2つに別れたとしてもまだ息をすることができる生き物みたいな感じかな。

――最初はHESOの店長さんとも楽曲を作っていったという話を聞きました。

naomi そうです。3人でよくセッションをしていたので。

――店長さんがこのユニットに参加するという話にはならなかった?

naomi 店長はそのとき自分のバンドをやっていたし。1回か2回「ライブを一緒にやろうよ」と誘ったことはありましたけど、そのとき彼はYESとは言わなかった。

jan 音楽制作やライブに関しては一緒にやらないけど、僕らの意識の中では“HESOを作った人”であり、僕らが“今やっている音楽のアイデンティティという重要な部分を築いた人”として、今でも同じチームの一人です。

naomi 今でも色々相談もするし、これまでの作品、活動全て相談したり提案してくれたりするので、スタッフという感じよりは兄貴という意味合いでずっと寄り添ってくれています。それは今も昔もこれからも変わらない関係なんです。

――HESOがなくなってしまったのが寂しいということで、自分達がそのHESOという場所になりたいという活動スタンスも面白いと思いました。

naomi 僕らがそこで出会って意気投合して、一緒に音楽をやっていこうとなったときに、僕らの音楽を通して毎週のように新しい人と出会って、楽しい時間を過ごしたいという気持ちの部分が凄く大きくて。

jan パフォーマンスアートの原点ってわりとそこにあるのかなと思っています。肉体で目に見えないものを見せるというか。肉体を使って、例えば煙草の煙、アルコール臭いバーを表現する、別にそこにそういったプロップがある訳でもなければ、あるのは自分達の体と音と楽器。その情景を見せるということで。僕らはミュージシャンだけど、原点としてはパフォーマンスアートだと思っています。

――今もスタンスは変わらない?

naomi 変わらずです。一般的なリリースライブも一応考えてはいますけど、今のところは決めていませんし。というのも僕らは毎月定期的にバーやカフェでライブをやっていて、それがあるから一般的なバンドよりもリリースに特化したライブに対する気持ちがちょっと希薄というか。毎週のようにライブをやっているので絶対やらなきゃという気持ちはそんなに大きくなくて。そこに遊びに来てもらいたいなと。

――東京にいれば、聴きたければすぐに聴きに行けますから。

naomi そうなんです。本当に飲食店みたいな感じで「今日やってるかな?」みたいな。

jan YouTubeなどでそのライブの様子も上がっていないし、動画サイトほど頻繁には観られないけど、美術館で美術品を観るのと同じペースでは観られると思いますから。例えばその絵自体も違う美術館に展示されていたらまた違う雰囲気になるだろうし、僕らのライブにはそういう感覚もあります。

――海外だと音楽を聴くのはそういったスタイルが多い気がします。日本はまだ構えてしまう部分、「ライブに行くぞ」みたいな感じになってしまって。

jan その会場が主役ではなくてもいいと言いますか、主役はお酒と人と人との出会いだったり、会話だったり、それに寄り添う形で音を鳴らしていたいというときもあります。形式的には僕らが主役だけど、人がライブを観ながら過去の切ない思い出だったり。過去のことを考えていたりして目を開いて何かを見ていても全くそれが見えていないときってあるじゃないですか? そういった滲ませ方をしてもらえてもいいなという意識があります。

――BGM的な感覚で捉えられても、それはそれであり?

jan そうですね。肉体を使ってやっている以上、BGMでは終わらせないけど(笑)。無理矢理は入ってこないけど、ジワジワとその意識をどこかに誘うみたいな感じです。