レゲエシンガーの寿君(コトブキクン)が11日にEP『一人じゃない』をリリース。この作品は12年間インディーズで活動してきた、彼の満を持したメジャーデビュー作品。寿君は2006年から地元・奈良県でMOUNTAIN KING名義で活動を開始。2010年に改名し、その後『コトブキイズム?DR.BEATZ COLLECTION?』(2012年)、『出会いの,,, ?「KOTOBUKI KUN」 Deh yah you know!? ?』(2013年)、『オレノキュウキョク』(2014年)、『SPECIAL THANXーありがたやー』(2016年)と4枚のフルアルバムを発表し、レゲエ界において着々とその人気を広げてきた。また、たびたびレゲエ誕生の地であるジャマイカも訪れ、本物の空気を感じ理解を深めてきたという。ロックやポップスなど様々な音楽がひしめくメジャーのフィールドで勝負する事を決めた彼の決意やその真意、ジャマイカでの出来事など話を聞いた。【取材=小池直也/撮影=冨田味我】

インディーズで感じていた限界

——まず、寿君というユニークなアーティスト名について教えて頂きたいのですが。

寿君

 よく聞かれるんですよ(笑)。Red SpiderのJuniorさんが新作もプロデュースしてくださったんですが、彼の主宰するイベントに高校生の頃から遊びに行ったりしていて。初めて行ったジャマイカでも一緒だったんです。当時、僕はMOUNTAIN KINGと名乗っていたんですが、Juniorさんに「ダサいな。だから売れないねん」とSNSで僕の名前を募集してくれたんですよね。集まった200件位の候補はふざけた物ばかりでしたが(笑)。

 その後、僕の名前が寿弥なので「寿、めっちゃいいやん!」となって。そのまま「では寿と名乗ります」と言ったら、「君を付けろよ。からあげくんが『くん』が付かなかったか買わへんやろ」と。僕も妙に納得してしまったんですよ、最初は嫌だったんですけどね(笑)。関西ではおかゆも「さん」付けでおかゆさんと呼びますし。

——今も大阪在住ですか?

 今も住んでいて、東京に通っています。良いところがあれば引っ越したいんですけどね。東京は電車の路線も多いし、街も広い。大阪はどこでも1000円位でタクシーで動けるんですけど、池袋で遊んでいたら渋谷までタクシーは無理ですよ。だから大阪は街が狭いんだなと。あと東京は緑が多いですね。「都会でコンクリートジャングル」というイメージが強かったですけど、全然違う。公園が多い。

 人に関しては、仕事で関わる方ばかりなので仲良くさせてもらっています。でも、たまに驚く時もあります。レストランで「こういう質感で曲を作りたいねん」と曲をかけながら話していると、「ちょっと静かにしてもらっても良いですか」とサラリーマンの人に注意されてしまったり。大阪だったら「なんやねんその音楽! 流行っとんのか?」という感じだと思うので。

——東京の方が他人に無関心なのかもしれませんね。

 大阪では一応、無関心な事にも関心を示すんですよ。「何かわからんけど、なにやっとるん?」みたいに(笑)。皆乗り込む事に全力で、電車も怖いです。大阪だとそこまで電車乗りませんからね。自転車でどこでも行けますし。

——このタイミングのメジャーデビューはなぜでしょう。

 12年位インディーズでやってきました。25歳の時から名義を変えて、そこからリリースも良い感じになって、音楽で生活できる様になったんです。ワンマンライブも最初は50人くらいしか集まりませんでしたが、200人、300人、600人、1000人の規模になっていきました。ただ、今まで僕はレゲエに憧れてやってきたので、ブラックミュージックの人としか音楽をやってこなかったんです。だから、活動の幅を勝手に自分で制限していた部分もあったと思うんですよ。その限界を感じる事も増えてきて。

 その反対にレゲエにはまだそれほど興味はないけど、僕の音楽を聴いてくれている人が多い事を自覚できてきたんです。今までレゲエというシーンの中で1番になりたいと思ってやってきましたが、それは自分の見てきた世界の中だけの話なのかなと。確かに僕は、ジャマイカにいって現地の人を歌で盛り上げる事もできます。でも日本に帰って来た時に、僕の事を誰が知っているかと考えた時に、一般の音楽を聞いてる人は僕の事を全然知らない事が悔しかった。「なんやこれ」と。

——それが満を持してのメジャー移籍に繋がると。

 そうですね。SPICY CHOCOLATE(日本人サウンドクルー)と何回も仕事をやらせてもらっていて。彼らに「自分もレゲエ好きの人だけじゃなくて、音楽好きの人に自分の音を届けたいんです」とメジャー移籍について相談したんです。すると「なら頑張ろうと。今までやってきたプライドとかもあるけど、そこから気持ちを切り替えてゼロからの挑戦だと思っています。

——デビューEP『一人じゃない』のコンセプトは?

 リード曲の「一人じゃない」は皆でああでもない、こうでもないと何度も書き直しました。4、5曲分くらい書き直したんじゃないですかね。メジャーデビューとなると、今までやってきたレゲエというシーンとはまた違う事ですから。

 今までは自分の世界で作り上げる事が多かったんですよ。他の人の意見を取り入れれば、間が取れて良くなるかなと思っていて。「一人じゃない」はただ単に男女の事を歌っている曲じゃなくて、一生懸命挑戦する人や、新生活で葛藤を抱えている人が聴いて「寿君が頑張っているから私も頑張ろう」と思ってくれる楽曲にしようと思っていたんです。

 だから、色々な人の意見が必要だったし、作家さんが出してくれたメロディを使ったりもしています。色々な人の意見を入れて、手応えのある曲ができましたね。好きなジャンル関係なく全員に聴いてほしい音楽です。これで寿君を知ってくれて、僕の他の曲も聴いてくれると嬉しいですね。

——ご自身の意見と周囲の方の意見は具体的にどの様に違ったのですか?

 インディーズではもう出来上がった曲を集めて「これでアルバム出したいです」という感じで、結構意見が通ってきたんですよ。でも、今回EPに入れたい曲を提案したら「それは次回に入れた方が良いんじゃない?」と。出すタイミングもあるんだなと驚きましたね。最初は意味がわからなかったんですけど、従ってみると今回の5曲が集まった意味がわかりました。

 内容的にまとまっていて流れもすごく良いんですよ。だから相談して良かったと思っています(笑)。あの時、ただ入れたい曲を収録していたら、こういう流れにならなかったなと。そういう事も必要なんですよね。

 今の事務所はFUNKY MONKEY BABYSさんやback numberさんを輩出していて、彼らをサポートしつつ、僕の事を気にかけてくれている方々のアドバイスは新しい発見でしたね。今までは自分の感性で作りあげてきたので、そういう知識が増えれば増えるほど、インディーズ時代に自分が感じていた限界の理由がわかってきました。

——他の収録曲に関してはいかがですか。

 2曲目「Winner」、3曲目「GENERAL」、4曲目「マンマ・ミーア feat.APOLLO」に関しては僕の好きな音楽なんですよ。「一人じゃない」はキャッチーで皆に共通する事を提示したので、この3曲ではこういう音楽を僕はやってきたよという事をわかってもらおうと。最後の「自由に舞う」はそういったこと全部ひっくるめて皆でひとつになろうぜという感じで。

 曲調も2、3、4曲目でブラック寄りになるので、5曲目でバランスを戻して、1曲目に戻るというのも心地よいループになるのかなと。なので何回も聴いてほしいですね。