時にコラム的な内容を求められると、どうしても話題としてして挙げてしまうのが、音楽に関する「大きなムーブメント」を起こすこと、そういうものが今必要だということ。言っている自分自身があきれてしまうくらいであるが、どうしてもそう思えるから仕方がない。

 様々な局面から“音楽って、生きる上で必要?”という命題を問いかけたり、探ってみたりということを、取材の中でおこなっている。この命題を考えた時、やはり一般的に音楽とはある意味、贅沢品の一つと見なされがちである。最悪、なくても人は生きていける、そんな認識のものだと。

 しかし、それが果たして“望ましくは無いほうがいいもの”なのか、そうではないものなのか、というところを突き詰めていくと、これまでの見立てとしては「みんな、やはりこれは必要なものと思われていそうだ…」という結論に落ち着きそうな雰囲気を感じている。“贅沢品”ではあるかもしれないが、“限りなく生活必需品に近い贅沢品”くらいの感じであろうか。

 そういうものだということであれば、例えばメディアでも大きく取り上げられるほどに、今何か大きな変革が発生することが必要ではないかと考える。例えばDTMの発展や情報化の進化で、新しい音源は昔とは比較にならないほどの数がリリースされるようになった。“以前と同じようなものが売れるから、ちょっと変えて売ってみればそれなりに利益はあるだろう”などと無難な策略で作ったのではないかと思われる音楽も、正直少なくないと、私は思う。結局それは、“以前の音楽”があればいいという話に落ち着いてしまい、新しいものを作り出す意味を失う。

 そんな風に、ふと思ったのが、先日アイドルグループBiSのライブに行った時のこと。彼女たちの歌、アルバムのキーワードには「IDOL is DEAD」「WHO KiLLED IDOL?」といった言葉があるが、なんとも過激な表現だなと思った一方で、彼女たち自身、あるいはこのグループを作り上げる全ての人の思いとして、“これまでのアイドル”というものにもう見切りをつけたい、新しい姿を追い求めたいという思いがあるのでは? という印象も感じられた。

 当日のライブは、プー・ルイの卒業ということもあり、BiSにとって様々な点で転機にもなったタイミングだったこともあってのことかもしれないが、曲間のMCもほぼなく、アンコールに応え曲を披露しながら、最後には暗転してステージ終了。さようならの一言も言わずにステージからメンバーが消えるという、ある意味攻めた演出。そんな姿を見ただけに、余計にそのように“大きな変化を常に追い求める必要がある”と考えた次第である。

 バッハやモーツアルトが当時の音楽とは全く違う新たな音楽を提唱したこと、それまで音楽の常識を覆し、アドリブで音楽をするというビバップの勃興、社会現象にまで発展したロックムーブメントの誕生。同じように並べて論じるのはどうか? と言われるかもしれないが、日本でもおにゃん子クラブ、BABYMETALなどの登場は、それまでのアイドルの概念を大きく覆し、注目された。

 では今、日本で音楽シーンというとそれぞれどんなジャンルがあるのか? となると、例えばジャンルの呼び方にはいろいろ異論があるかもしれないが、J-POP、ロック、ダンス・ヒップホップミュージック、ジャズ、クラッシック、演歌…といったところか。そして、それぞれの中に何か「ムーブメント」があるかといえば、やはり停滞しているのではないかと感じるわけである。停滞というのは、それまでのジャンルの様式を覆し、ぶち壊して“何だこりゃ!?”と思えるようなものがない、ということ。

 その原因は、やはりそういうものを目指さないというところが大きな要因ではないか。例えば70年に活動していたロックバンドの外道は、かつて野外ライブで警察に喧嘩を売るような言動まで飛び出した、みたいな映像が今でも動画サイトなどで見られる。それが正しい姿とは言わないが、それくらいに音楽家、音楽が表に立とうとする姿は、今はどこにも見られない気がする。そう出来なくなったという社会的な風潮もあるが、そういう風潮を変えようとする意志も感じられない。これから、そういうことを感じさせてくれるアーティストが数多く出現してくれるのを願うばかりである。【桂 伸也】