パソコンを使い始めてかれこれ20年になる。デスクトップが始まりだったのが、ノート、そして今ではスマホ、タブレットと、改めて技術の進化を実感する。

 そのパソコンだが、記事を執筆する職業柄、キーボードを叩く回数は多い。1000文字の原稿を1日だいたい5本を書くのだがら、打つ回数は単純に見積もっても「1000文字×ローマ字入力1文字2回×記事5本」で1万回になる。

 作家がペンにこだわるのと同じく、私もキーボードにこだわる。と言っても、ノートを使用しているため創意工夫は限られるが、重い音が好きなのでキーボードカバーをはめたり、またはお気に入りのキーボードを外付けしたりしている。

 原稿の執筆は、音楽のリズムと同じように、テンポよくいくと、スラスラと書ける。そうした時の原稿は読者にとっても読みやすいものとなる。「これテンポが良いな」「長文なのに長さを感じない」「切れが良い」などを感じるだろう。内容の良しあしはともかく。

 なかなか集中することができない私にとって、そのスイッチとなるのが、この打音だ。軽快な打音となれば、いつの間にか、その世界に入り込んでいる。私が思う、文章を書いているなかでの究極は、無感情のとき。その無感情になる瞬間を、この打音が導いてくれる。

 ただ、他人のキーボードの打音を不快に思う人もいるので、自己満足としては片づけられない。そのためのキーボードカバーであったりもする。

 ちなみに、私のキーボードは、良く打つタイプキーはすり減っているとともに、打音が軽い。その軽い音がどうも苦手だ。特にエンターキーは軽く、周りが静かな時は音が響く。そのようなときは音が鳴らないように静かに打つ。が、それだと後味が悪い。

 さて、良い音は人の心を心地よくする――、それは音楽に限ったことではないのかもしれない。と思いつつ、切れの悪い本稿をエンターキーの打音で静かに締めくくりたい。【木村陽仁】

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