ノイズが適度に残ったサウンドが好きか、デジタル処理をされつくしたクリーンなサウンドが心地良いか、好みが別れるところだと思われる。前者は洋楽に多く、後者は邦楽に多い。

 息を飲むようなギターのフィードバック音、魂の叫びのようなサックスのグロー奏法、フレットを擦るノイズがセクシーなベーストーン。ロックやジャズは、「ノイズ」としても扱われる周波の音が、その音楽の魅力の一因を担っていることがある。

 アンサンブルを重視して、パート毎で不要な周波数はカットしてミックスダウンされることが多いポップス。特定の音域以外の部分は極力カット、整然としたサウンドのレイヤーで構成されるテクノやエレクトロニカ。そこから得られるのは、「整えられた音像」の心地良さだ。

 CDやmp3などの音源だと、ほぼ20Hz~20000Hz以内の周波数しか出力されない。「人間の可聴音域=聴こえていると認識できる音」以内のエリアでやりくりされている、ということだ。しかし、「実際に聴こえない音」を感じる器官、脳内で「音の情報として処理されていない音」、これらを考慮すると、話は少々違ってくる。

 ライブ会場で聴く音楽は、臨場感がたっぷりだ。実際にスピーカーからは先の「可聴音域」の音しか出ていないが、例えば低音は会場を揺らし、20Hz以下の音も引き出す。高音にも同じことが言えるし、生演奏しているドラムのシンバルからは20000Hzよりもはるかに高い周波数の音が出ている。

 キックの強拍やベースの重低音は、出力された音以上のレンジで聴衆の身体を揺らす。聴覚だけではなく、“触覚”としても音を感じているのである。4つ打ちのハウスビートが頭や胸にガンガン響くのはライブ体験ならではの快感だ。

 しかし、CDやmp3などの音源でもそういった生々しさを楽しむことができるポイントがある。それは、「意図的に残したノイズ」や「演奏者の意図が伝わるが、音像的にはカットすべき周波数」という“無視、あるいは直すべき音”を、あえて残した音源やプレイが生みだす臨場感だ。

 言葉だけだと少々イメージし難いきらいがある。例えば、Jetというバンドの代表曲に「Are You Gonna Be My Girl」というワイルドなロックンロール楽曲があるのだが、この曲には“無視、あるいは直すべき音”が、まんま収録されている。

 数年前に、FMラジオJ-WAVEの番組内で「歌のソロの後ろで鳴っちゃってるギターの『ジィィ〜』ってノイズ、これをカットしないで残してるのがイイんだよ」と、DJのピストン西沢がJetのサウンドを評価したことがあった。

 その部分は、ボーカル以外のパートがブレイク部になる各セクションだ。歌だけのセクションだが、よく聴くと、ギターの弦を触れてミュートしていても出力される、エレクトリックギターの吐息のような微かなギターノイズが聴こえる。

■ Jet 「Are You Gonna Be My Girl」

 実際に、そこに着目するとおわかり頂けると思うが、(動画 02:23〜あたりが顕著に)それは“聴こえる”というよりは“感じる”という印象が得られる。そして、そのフィーリングこそが「ロックのカッコ良さ」と、ストンと腑に落ちる感覚すらある。

 「生物学的には聴こえない音」「無視、カットするべき音」「予定と異なるため、やり直すべき演奏」。これらは、“不要”ということで無くしてしまうのがスタンダードであることが多い印象があるが、実は、そういった“ノイズ”や“勢い余った演奏感”こそが、直接認識できない快感を引き出す魔法のようなパワーを持っている気がしてならない。

 そういった観点もプラスして様々な曲を聴くと、また新たな出会いがあるから音楽というものは本当に不思議で魅力的なものだと思う。いや、それこそ無意識で感じるからこそ、心地良いのかもしれない。

 ビートルズの名曲「Let It Be」でも、そういった箇所がある。その部分だけ聴いたら明らかに「あれ?」と思うのだが、当時の一発録りという環境でレコーディングされた音源のテイクが素晴らしく、きっとやり直さなかったのだろうか。

 そのテイクが是か非かというと、現在も親しまれている音源であるということが答だという気がする。どこが「あれ?」なのかは、楽曲の3番のピアノ演奏をよく聴いてみると判明するかもしれない。ご興味のある音楽ファンの方は是非。(ビートルズファンの中ではわりと有名な話らしいが)【平吉賢治】