歌手の八代亜紀が、去る10月11日に、ジャズアルバム『夜のつづき』をリリースした。2012年に『夜のアルバム』の続編とも言えるアルバムで、小西康陽(ex:ピチカート・ファイヴ)が前作に引き続きプロデュースを担当した。ナイトクラブで歌っていたあの頃の自分がいると、彼女のルーツを堪能できる1枚に仕上がった。同作品は10月度の「ハイレゾ音源大賞」を受賞。八代亜紀は「私の歌が、耳元で鳴っていてくれたら嬉しいなと思いながら歌いました」とこのアルバムへの思いを語った。八代亜紀が思うジャズについてや、個性、過去の失敗談など多岐にわたり話を聞いた。【取材=村上順一/撮影=片山 拓】

モノマネされるのは楽しい

インタビューに応じる八代亜紀

――『夜のアルバム』に続いての『夜のつづき』という素晴らしいアルバムが完成しました。八代さんが思うジャズの魅力を教えてください。

 私が好きなのは、スタンダードジャズです。もうそれが心地良くて、肩に力が入らず自然にリズムに乗って歌えるんです。当時はビッグバンドがあって、それも格別でした。最近はエレクトロなものなどが流行っていると思いますが、ビッグバンドなどを聴くと懐かしいんです。

――今エレクトロという言葉が出てきたのですが、八代さんから見て最近の音楽はどのように映っているのでしょうか。

 今の音楽はどれも似ている感じがします。どの人が歌っているのかを判別するのは私には難しいかな(笑)。

――海外も同じような印象でしょうか。

 海外だとマライア・キャリーさんやレディー・ガガさんなど、個性的な人がいるので、まだ分かるかもしれません。最近の日本の音楽は隣の家のお嬢さんが歌っている感じがして。そういう意味では、昔の方が顔も服装も含めて日本も個性的だったかもしれませんね。当時は誰かと似ているというのでは、売れなかったと思います。受け入れられなかったというか、“個性の勝利”という感じでした。

――確かに八代さんも含め、個性的な方が多い印象です。だからモノマネもされるわけですね。ちなみに八代さんは、ご自身が真似されることについてはどう思われているのでしょうか。

 もう楽しいです!

――でも、デフォルメされすぎていて嫌な感じがする時はありませんか。

 逆にありえないくらいやってるから、いいのかもしれない(笑)。「舟唄」でも<お酒はぬるめのカキクケコ>なんてありえないでしょ? それは似ているというのを通り越しているんですよ。でも、それを観てみなさん八代亜紀だというんです。なので、個人的には不思議な感覚もありますね。コロッケさんなんか、目を瞑って、その上に目を書いちゃってますから。あと私の真似をする時は、喉にハトがいるなんて言っていました(笑)。

――確かにコロッケさんのモノマネには、ハトの鳴き声が混ざる時がありますよね(笑)。なぜなのか不思議ですね。

 でも、この前テレビに出ていた、ミラクルひかるちゃんは歌がすごく似ていたの! その時はジャズと八代亜紀というテーマでモノマネしてくれて、私も気に入ってしまって録画して観ています(笑)。すごく研究してくれていて面白いんですよ。

――八代さんがそんな風に楽しまれているのは、意外でした。そのミラクルひかるさんがモノマネされていた「帰ってくれたら嬉しいわ YOU'D BE SO NICE TO COME HOME TO」が『夜のつづき』にも収録されています。八代さんのお気に入りの曲の一つみたいですね。

 そうなんです。2013年にニューヨークのジャズクラブ・バードランドでライヴをした時に、ヘレン・メリル(米ジャズ歌手)さんが来てくださって、一緒にこの曲を歌ってくれたんです。すごく可愛いおばあちゃまで、「すごいナイスボイスだった」と仰ってくださって抱きしめてくれました。ジュリー・ロンドン(米女優、歌手)とヘレンは私の憧れの歌手なので、本当に嬉しかった。

――今では憧れの方とも共演されていますが、八代さんが歌に目覚めたのは中学生の時なんですよね。

 15歳の時に年齢を誤魔化して地元のキャバレーで歌い始めたのがキャリアの始まりです。父に内緒で始めたので、不良になったと誤解されてね(笑)。でも、その誤解があったから今があるんです。

――今はポジティブに捉えていますが、当時は相当辛かったのではないですか。

 結果、勘当されてね…。でも、その時に「家を出て行け」と言われて上京しなかったら、今の人生はなかったわけで、それがなかったら売れない画家になっていたかも。

――八代さんは歌もさることながら絵も素晴らしいですね。表現の方法は違うとは思うのですが、八代さんご自身の中では歌と絵では精神面での違いはあるのでしょうか。

 表現方法が違うだけで内面、精神は一緒です。歌は“代弁者”という形で歌っていて、歌の中には自分の経験なんて一つもないんです。常に誰かのことを代弁して歌っています。絵を描いていると本心の私、“亜紀ちゃん”が出てくるんです。絵を描いているとメロディが浮かんできて、歌を歌っているとキャンパス、絵が浮かんでくるんです。きっと歌と絵は一生同じ感覚なんじゃないかなと思います。

――常にリンクされているんですね。ミュージシャンの方は絵が上手い人が多いイメージもあります。

 確かに好きな人は多いかもしれませんね。私は絵だと写実が好きで、歌も正統派なものが好きということもリンクしています。崩さないで歌うというところですね。

私はいまだにシャイなんです

八代亜紀

――ジャズはよく演奏が自由だという話を耳にします。歌にはメロディがあるわけなのですが、八代さんはどのあたりに自由を感じられますか。

 やっぱりリズムですね。ジャズアレンジのリズムって、喉に負担がかからないんです。流行歌と言われる演歌などの方が喉に負担はかかる感じがします。特にこぶしの部分などは、けっこう喉に負担がかかりますからね。なので、ジャズやブルースは、私にとってはとても楽な気持ちで歌えるんです。演歌はブルースに近いかもしれない。なので、演歌もモノによってはジャズになったりすることもあります。そう考えると、ジャンルはあってないようなものね(笑)。

――さて、「帰ってくれたら嬉しいわ」は先ほど思い入れのある一曲としてあげていただきましたが、今作収録曲でのエピソードをお聞きしたいと思います。

 8曲目に収録されている「にくい貴方」は、デビューして1年目にNHKの番組で歌った曲で、すごく思い出深い1曲ですし、3曲目の「黒い花びら」は水原弘さんという『第1回日本レコード大賞』を受賞された方の歌なんです。水原さんはすごく唇を震わせて歌われる方で、セックスアピールの強い曲だなと昔から感じていました。それを今回のプロデューサーである小西康陽さんが、今の八代亜紀で聴きたいと言ってくれて、最後に提案された曲でした。

 自分の中では男性が歌うイメージが強かったので、「私が歌って合うかな?」と思ったのですが、歌ってみたらバッチリで(笑)。つい先日もロサンゼルスのコンサートで歌ってきたのですが大絶賛でした。

――日本で歌っている時と、海外で歌っている時は感覚は違うものなのでしょうか。

 基本的には変わらないですよね。ただ、お客さんの反応と言いますか、盛り上がり方やノリは海外はすごいですけど(笑)。

――確かに外国の方のテンションは、日本人とは違いますよね。八代さんは海外に住まれていたことはあるのでしょうか。というのも、こうやってお話しさせていただいていても、何となく外国人のノリを感じまして。

 それ、よく言われるんですよ。実際は全然そんなことないんですけど、アメリカの方のノリに近いと言われるんです(笑)。36年前にLAとサンフランシスコでコンサートをおこなった時は、私はほとんど英語で喋らなかったみたいで、今回36年振りにLAに行ったら「たくさん英語を話してくれてありがとう」とお礼を言われたんですよ。でも、今回も“Yes”と“OK”ぐらいしか使っていないはずなんですけどね。だけど、すごくいっぱい英語を使ったと思われたみたいで(笑)。

――それはきっと八代さんの勢いと説得力がなせる技なのでしょうね。その社交的なスタンスは、バスガイドをやられていた時代に培ったものですか。

 でも、私はいまだにシャイなんですよ。バスガイドはクラブシンガーになるためのステップアップのためにやっていました。

――そのシャイというのが信じられないのですが…。

 ふふ(笑)。本当にシャイで、八代亜紀になってしまえば、大丈夫なんですけどね。シャイな自分が出るのはどういう時かというと、例えばスタッフとカラオケに行った時などですね。やっぱり恥ずかしくて、真面目に八代亜紀としては歌えないんです。でも、大勢の人の前なら大丈夫なの。

――チャンネルが切り替わっているわけですね。切り替える儀式みたいなものはあるのでしょうか。

 チャンネルは切り替わりますけど、決まった儀式はなくて、ドレス着て幕が開いて、曲のイントロが鳴ったら、もう八代亜紀です。楽屋にいる時はドレスを着ていても“亜紀ちゃん”なんです(笑)。幕が開くまで「今日の夜何食べようか?」とかスタッフと話している自分がいます。

――そういった和やかな雰囲気の中リラックスした状態でステージに立つのが、成功の秘訣なのかもしれませんね。

 ステージももちろんだけど、楽屋やステージ裏でのことも楽しくやらないと私はダメだと思います。絶対にイライラしたり、ギスギスした空気ではダメなんです。全てをポジティブに終えて、みんなで楽しく食事に行くというスタンスが何十年もルーティンになっています。

油断大敵

八代亜紀

――そんなポジティブな空間ですと、失敗した出来事なんてほとんどないですよね?

 もちろんありますよ。すごく覚えているのはデビュー10周年ぐらいの時に、フルオーケストラを入れたリサイタルがあって、最初の1時間はジャズなどのカバーで、休憩を挟んで後半は自分のヒット曲を歌うというものでした。自分のヒット曲は何回も歌ってきていたから、歌詞の面では安心感もあり、きっと油断していたんでしょうね。2部が始まって途中で口の中、舌のあたりに違和感があって…。ヒット曲なのに全然違う曲を歌っていました(笑)。

――そんなことあるんですか?

 あったんですよ。イントロが似ていたのかな? 20曲ぐらいメドレーでやることが多かったので、いきなり歌い始めなければいけない曲もあるわけです。それで間違えたのかもしれないのですが、当時はみんなパンフレットを持っていて歌詞を見ながら聴いていて、前列にいたカップルのお客さんが、何かおかしいと彼女が彼を指でつついているの。

 そうしたら会場がざわつき始めて、後ろのバンドさんを見たら「違います」って顔をしていて(笑)。でも、フルオーケストラで人数も多いからもう戻れなくて。バンマスが頑張って戻そうとしていたけど、もう無理で。私だけ歌が終わっちゃって、伴奏だけずっと続いているというね(笑)。

――それはすごいですね。さすがに長いキャリアの中でも、これに変わる失敗はなかなかなさそうですね。

 それがつい最近ありました(笑)。NHKの番組で、今回のアルバムから「男と女のお話」を歌って欲しいとリクエストされて。これも歌い慣れているから「オッケー!」って感じで引き受けました。ところがその日は、バンドさんがステージ上ではなく袖で演奏するパターンの生放送で、演奏中にバンドさんからの合図が全く見えなくて…。

 「男と女のお話」はバンプ(間奏部分の演奏)が覚えづらくて、後半の歌の出だしのタイミングがわからなくて。カメリハという本番さながらのリハーサルで、50年近くやっていて初めて失敗しました。

 本番はマネージャーが横で合図を出してくれることになって、彼を信じて本番は成功したんですけど、あれは本当に怖かったですね。

――逆にカメリハで失敗していて、良かったのかもしれませんね。逆パターンで失敗するなと思っていたけど、成功したこともあるのでしょうか?

 それもありますね。前田憲男さんのピアノでクラシックコンサートをやったことがあって、みんなから「本当にやれるの?」と心配の声が上がっていて、私もちょっと無理かなと思ったのですが、そこからかなり勉強して、結果的には大成功でした。その時は「アランフェス協奏曲」や「モナムール」、シャンソンやショパンの「別れの曲」を歌いました。

――クラシックはまた別物という感覚があります。でも、八代さんでもそういった不安や失敗があると知って、ちょっと勇気付けられました。結果的には成功させてしまうんですから、やはりすごいです。

 努力しちゃうのよね。午前3時くらいまで勉強しますから。10周年の時も安心から来る油断で、今回のNHKの番組も油断ですから、反省点はそこですね(笑)。

レコーディングしている姿は誰も見たことがない

八代亜紀

――今回のテーマは「油断大敵」という感じですね。今作『夜のつづき』ではどのようなことを考えながら歌われたのでしょうか。

 アナログ感といいますか、八代亜紀の声でジャズを囁くように歌っているので、その歌声が耳元で鳴っていてくれたら嬉しいなと思いながら歌いました。完成して聴いて見たら、本当に耳元で歌っているような感じに仕上がっていまして。

――私も聴かせていただいたのですが、本当に耳元で歌っているような感覚がありました。すごく距離感が近いといいますか。

 それは大成功です! それもあって先日『ハイレゾ音源大賞』を受賞しまして、このアルバムがすごく評価されて嬉しいです。

――おめでとうございます! 今作では今までとは違った、レコーディングのやり方をされたりしたのでしょうか。

 特に特別なことはしていないですね。昔から変わっていないことと言えば、私のレコーディングしている姿は誰も見たことがないってことくらいかな(笑)。もう暗幕を貼って隠してしまうんです。

――それは、やはり先ほど仰っていたシャイというところからでしょうか?

 そうそう。

――ということはその時は“八代亜紀”さんではなくて、“亜紀ちゃん”の方なんですね。

 亜紀ちゃんが新しいものを生み出している最中なの。鶴の恩返しに似ているかもね(笑)。やっぱりレコーディングで歌っている時は顔も歪ませたり、変な顔になっちゃっていると思うから、見せたくないというのもありますね。そういう風にしないと出せない声というものがあるんですよね。表情が歌に反映されますから。ドレスを着てステージに立ってしまえば関係ないのですが。

――では『夜のつづき』はどういったシチュエーションで聴くのがベストでしょうか。

 やっぱり夜ですね。彼女に腕枕をして聴いてもらえたらいいかも。きっと男性はこのアルバムを聴いていただけたら、腕枕したくなると思いますよ(笑)。

――推奨環境はカップルということですね。なかなかハードルが高そうです(笑)。前作『夜のアルバム』に続いての『夜のつづき』で、気が早いですが続編も気になってしまいます。

 わかりやすいですよね。どうなんだろ? 『夜明け頃』とか。ついに夜が明けてしまうかもしれませんね(笑)。

(おわり)

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