<記者コラム:オトゴト>
 シンガーソングライターの椎名林檎さんが先日『逆輸入 ~航空局~』を発売して、あちこちのメディアでインタビューや取材に応えています。その中には「キーの決定は自分の声ではなく楽器の鳴りを優先する『楽器コンシャス』」、「英詩はアメリカ人のいとこと一緒に考えている」、「今楽曲提供したいのは女優の杉咲花さん」など、示唆に富むパンチラインが含まれており、面白くて仕方がありません。

 今回は上記の『楽器コンシャス』に注目したいと思います。林檎さんはこの一例として「管が高らかにほしい場合は転調後のキーをB♭にしたりする」とも語っていますが、これは『サキソフォンやトランペットの管楽器の基本的な音階に自己の声帯を寄せる』という事を意味しています。キーの設定は、カラオケによくある<#・♭>の位置をどこに合わせるかというイメージ。現場では『シンガーの声帯に楽器が合わせる』のが一般的なのですが、林檎さんは此処が反転していると言うのです。

 その視点で、先日MVがドロップされた「人生は夢だらけ」をチェックしてみましょう。「人生は夢だらけ」の基本的なキーは『E♭』。テクニカルな事は一切理解する必要はありません。ただ乱暴に言って、このキーはかなりジャズ的なキーと言えます(これが『E』だったりすると一気にロックの香りがしてきます)。

 そして、楽曲は管楽器による華々しい間奏で『G♭』に転調して、また『E♭』に戻るという展開になっています。キーによっては、かなり指使いが難解になるのが管楽器の特徴。勿論何が来ても対応できるのがプロですが、この楽曲はかなり演奏しやすい(楽器を鳴らしやすい)内容になっています。だから十分『楽器コンシャス』を体現していると言えるでしょう。

 昨今のジャズプレイヤーで、林檎さんを好きな歌手に上げる方はとても多いです。それは曲がジャジーだからという事もあるでしょうし、この『楽器コンシャス』であるからでもあるかもしれません。ひょっとしたら話が逆で<『楽器コンシャス』であるからジャジーに聴こえるんだ>のかも。それだけキーと音楽のマッチングは印象を左右します。

 それはともかくとして、プレイヤーの言葉の端々からその人の音楽を考えるのは、とても楽しいですね。【小池直也】