LUNA SEA、X JAPANのギタリスト・ヴァイオリニストのSUGIZOが今年、ソロ活動20周年を迎えた。ロック界を牽引する両バンドをサウンドで支え、いわゆるヴィジュアル系黄金期を築き上げたミュージシャンの一人。幼少期からヴァイオリンを学び、クラシックへの造詣も深く、音楽への追求心は並々ならぬものがある。その一方で、原発や核、難民などの社会問題にも向き合い警鐘を鳴らし続けている。そのなかには現代のネット社会も含まれる。情報が容易に入手できる環境下で考える力、追求心が低下していると憂いている。その真意とは何なのか。

 また、今月29日に、シーンで大きな存在感を放つヴォーカリストたちをフィーチャリングした『ONENESS M』のリリースを控えている。そこにはLUNA SEAのRYUICHIやX JAPANのToshI、GLAYのTERU、清春など錚々たる顔ぶれが並ぶ、この作品で伝えたかったこととは何か、そしてそれぞれのヴォーカリストに託したものとは何だったのか。今回のインタビューでは、今作をはじめ、20年前にリリースした初のソロアルバム『TRUTH?』、昨年リリースのアルバム『音』を織り交ぜ、以下の要旨で話を聞いた。

〇現代は真理に到達しようとする意欲が消失している
〇魂を削って作った『TRUTH?』
〇歌モノの音楽に対する渇望が徐々に膨れあがった
〇1000%アナログ志向

 インタビュー前半は社会問題について、後半はSUGIZOが生み出す音楽の核に迫った。音楽だけでなく頂点を極めたものに共通するものの考え方や生きる上で大事なものとは何か、そして真の音楽とは何か。そのヒントが隠されている。【取材=村上順一】

現代は真理に到達しようとする意欲が消失している

「ONENESS M」初回盤ジャケット

――SUGIZOさんが以前に発言されていた「音楽を考えて聴いてほしい」というメッセージが印象的でした。それが今凄く重要なことだと感じました。世間的に音楽は今、芸術作品から情報になってきている感じもあると思うんです。

 確かにその通りですね。音楽だけじゃないですよね。映画も小説もそう、コミックもそうだし、あらゆるエンターテインメントやアートの媒体が「考える」というプロセスを経る必要がないものしか受け入れられなくなってきている…。その状況に凄く憤りを覚えます。

――そういった現状の中で、意識を変えるにはどうしたらいいか、という考えはありますか?

 若い人たちが“本物”をちゃんと見ること、知ること。物事の本質、真理を求めるように僕らの世代が仕向けないといけないんですよね、本当は。僕が10代の頃は常に真理を探していました。そのまま精神世界にズブっとハマっていったりしました。

 18歳のときにシャーリー・マクレーンに凄く感銘を受けたり、哲学的な方面に興味を持ったりしました。岩波文庫(※一般的に古典文学や学術書などを豊富に揃えていることで有名)とかその辺をよく読むような10代だったんですけど(笑)。何事でもいいと思うので、物事の真理、深く知るということ。“知”に対しての欲求や渇望は凄く大事だと思います。

 (※編注=シャーリー・マクレーン:アメリカ出身の女優。自身の神秘体験を描いた著作を多数発表し、ニューエイジの旗手の一人としても知られた)

――深く知らずとも、情報をいくらでも集められる今の時代には尚更のことかもしれませんね。

 今の多くの若者達は、僕らが10代の頃と違ってまず情報が簡単に入手できる。それはそれで素晴らしいことだと思いますが、ネットであらゆる情報がほぼわかってしまいますよね。情報が渇望する、自分でズブズブと深く掘り下げていくという行為がおそらく消滅していると思います。

 なので物事を深く追求しなくなる、真理に到達しようとする意欲が消失している…。当然と言ったら当然なんですけど。“知”に対する能動的な力を凄く大事だと思っていて、多くの若者はそれが無くなっているから、表層で物事を判断し、表層で物事を知ったつもりになり、人との付き合いも表層的で。日本語力が低下しているので、会話をして、お互い解っているようで、実は芯の部分では理解し合えてなかったり、表面で擦っているだけの付き合いが多くなってきている気がします。

――“情報”だけのやりとりのようになってしまうのですね。

 だからどこかですれ違いが起きたり、どこかで誤解が生じて人間関係に摩擦が生じたり、昔のように本当に深いリレーションシップというのも失われつつあるのかもしれないですよね…。極端な話、一度も会ったことがないのに、SNSでのやりとりだけで結婚する人達もいる訳で。それが悪いとは言わないけど、本当にそれでいいのか?とも思う。人との付き合いや繋がり、心や魂レベルでのお互いの理解とか、お互いの存在意義や感謝、愛情…。「いいのかな? スマホだけで」と僕は思ってしまいます。

――そういった人間のアナログな部分を重要視していかないと、AI(人工知能)が登場してもっと人間の価値が無くなってしまうのでは、とも思います。

 僕はAIに期待している面もあるし、怖い面もあります。期待している面は、もしAIが本当に人間の代わりとなり大きな労働力になってくれた場合に、よく考えると、僕達は仕事がなくなってしまうのではなくて、仕事をせずに済んでもっと自分の人生を楽しむ時間ができるんじゃないかと思うんです。

 AIの登場によって僕らがお金を稼げなくなると思うと怖いんですけど、根本的な話、生きていくためにお金が必要という社会から卒業しなければいけないと思います。資本主義社会自体が人間を絶対に幸せにはしないんですよね。イコール競争社会であって、勝つこと、より多く得ること、それが人生の目的やステータスになってしまう。それが結局大きな格差を生んで、勝ち組・負け組を作って。もっと言うと、世の中の1%の勝者が99%を支配するようになってしまって、そのヒエラルキーからどうしても脱却できない。その構造自体を変えていかないと…。

 僕は西暦で言うと1000年から2000年くらいは、大きなヒエラルキー、資本主義に支配されてきたと思います。西暦2000年から3000年に向けては、そこから脱却して、生きていることを楽しみ、生きていることを謳歌する、労働は機械がやってくれる、人生の楽しみを豊かにする、そういう社会になるべきだと。すごく長い目で見た話ですけどね。

――今の若者というのは「いかに成功しようか」という目先の結果だけを求めているような気がするのですが、何かを追求して得られたときに、その先に結果があるというものでもあるのでしょうか?

 例えば、僕もSNSをもの凄く使っていて、LINEがないと生きていけない(笑)。でもSNSもLINEも、重要なのは“コミュニケーションツール”の一つであり、情報を得るツールの一つであること。そこから自分が何を得て、何を学んで、どう活かしていくか。そこには本質が絶対に必要になってくる。

 LINEにTwitterにInstaglam、凄くいいですよ。僕も大好きです。だけど、そこに自分が支配されるのではなくて、あくまでも「アナログをデジタルで管理する」ということなんです。それをツールとして使いながら自分が本気で取り組むべきもの、自分の人生においてとても重要な物事にどう生かすか。例えば仕事でもいいし、趣味でもいいし、もちろん恋人でもいい。僕だったら音楽のように。

――それが見つからない人が大多数いるというのも問題です。

 そうなんですよね。何か一つでもいいから、本質を追求すると、そこに真理は絶対にありますから。本質を追求して常に全力で生きているミュージシャン、または彫刻家、画家、またはアーティストじゃなくてもいいです。料理人、アスリートもそう。とにかく、物事の本質を追求して追求して、そこの世界のトップレベルにいる人達というのは、全くジャンルやカテゴリーが違っても意気投合します。

 おこがましいですけど僕もそうで、本質を追求しているアスリートや他のジャンルのアーティストと凄く意見が合います。結局行き着く所が近しくて、物事の真理、真実はどこから入り込んでもだんだん一つの答に近づいて行くと僕は思っています。料理を極めた人とギターを極めた人は絶対に話が合います。

――目指す道は違っても、共通する考え方があるわけですね。

 そうです。今の若い世代に言いたいのは、もちろんSNSをフル活用してもらってもいいけど、それはあくまでも物事を知る、もしくは人と出会う入り口なんだということです。その中で全てを解決しない方がいい。そこで全てを解決しようとすると、その中で生きていることによって、バーチャルと現実の差異が壊滅していき危険だと思います。

 今は簡単に解消できないけど、ネット上、スマホだけの世界ではなくて、人と触れ合って、人と繋がり合うべきで、先ほども言いましたが、人と本当に心と心のリレーションシップを重要視するべきだと僕は思います。

魂を削って作った『TRUTH?』

再発された「TRUTH?」ジャケット

――今年でソロ活動20周年となります。

 ラッキーなことに20周年記念で『TRUTH?』がリイシュー(再発盤)されたので、やっと再発ができて本当に良かったです。

――再発したいという思いはずっとあったのでしょうか?

 どこかにはありました。20年前のもので、今の自分の耳の感覚だと、こっ恥ずかしくて、あまり人には聴いてもらいたくないなという気持ちもあるのですが(笑)、20代の“若造”が魂を削って作ったものなので、やはり愛着はあります。

――『TRUTH?』が発売された当時に聴いて衝撃を受けました。再発にあたってのリマスターではどこに一番こだわったのでしょうか?

 音像の厚みです。20年前のものは僕にとって音が軽いんです。もっと底を大きくしたかったと言いますか、今の僕の好きな音像に近づけたかった。でも、リミックスやリレコーディングをした訳ではないので、20年前のマスターそのものを今の時代に、もしくは今の僕の耳に納得できるレベルまで引き上げることが出来るかということがとても重要でした。結果、とても満足のいく内容になりました。

――アナログ盤で出す予定はあるのでしょうか?

 それは考えたことなかった。それはあっても良いですね。20年前は全ての作品をアナログで出したんですよ。20年前はリミックス作品も出していたんです。1997年の1年間でシングルが2枚、リミックスのEPを3枚、アルバムを1枚作って。けっこうな仕事量でした。前後にはLUNA SEAもあって、よくやったなと自分自身でも思います。

 その3枚のEPのリミックスが当時とても気に入っていて、その中から選び抜いた曲を1枚にコンパイルした『REPLICANTS』というアルバムもとても気に入っています。クラブミュージックの世界では20年というのは途方もない時間なので、今の耳で聴くと完全にクラシックでしかないんですけど、いわゆるダンスクラシックとして凄く楽しめる内容になったと思います。

再発された「REPLICANTS」ジャケット

――昨年出された『音』も今年9月にアナログ盤として出されましたが、元々そういったリリースをしようと思っていたのでしょうか?

 最初からです。『音』を作った去年の時点で、アナログとハイレゾを出したいと。本当は同時に出したかったんですけど、色々と時間がかかって今年になってしまいました。

――『音』は正に“怒り”といった怒涛のサウンドです。この“怒り”を音にしようという思いはいつ頃からあったのでしょうか?

 自分の中での怒りのエネルギーは何10年もずっとあります。もちろん、大人になるにつれてそれを簡単に暴発させなくなりましたけどね。昔は簡単に暴発させていましたから(笑)。社会生活をしていく上では、簡単にブチ切れていたらなかなか難しいので、基本的には怒りの感情は自分の中に抑え込まなければいけない。ステージが最もエネルギーを発散できる場かもしれないです。

 だからライヴを続けてこられることは、自分の精神安定剤になっているのかもしれないし、今は色々あってここ数年はやめていますけど、約10年間格闘技をやっていたので、そこで自分の怒りのエネルギーは解消されていました。それがここ2年程はできていないので、ステージと作品の中にそれをブチ込むしかなかったのかなと。

――そのエネルギーが音となって表れているということですね。『音』に対するファンの反応はいかがでしたか?

 ファンの方々はおおむね気に入ってくれました。なかには「訳がわからん」という人もいると思うんだけれど。ただ、僕のファンクラブに入ってくれているような、身近なコアファンの方々に対しては凄く馴染みが良かったみたいで、ありがたいです。

 あと、いつも僕は「ライヴでどう表現しようか」ということを全然考えて作っていないんです。それによって表現の自由が狭まれてしまうのが嫌で。でも、それによって面白い効果が得られることがあるので、一概にどちらが良いかとは言えないんですけど、僕のソロプロジェクトの場合は、その瞬間、スタジオ内での自分のクリエイティビティの全てを捧げている感覚です。

――確かに音源からただならぬエネルギーを感じました。ライヴで表現されてみて感じたことはありましたか。

 『音』の楽曲の半分くらいはライヴでは成り立たない曲なんですけど、残りの半分を去年ツアーをやってみて、それらはとてもライヴ映えしました。ライヴに『音』の楽曲をもってくることによって、怒りのエネルギーやネガティヴなものが逆に放出されて、真っ白な灰になった感覚で、あとはポジティヴな光しか残らないような状態に昇華されていったというか…。もしかしたら『音』こそ、ライヴ表現を続けて行くことによって、怒りや嘆きや悲しみ、そういった心の叫びが報われるような印象が今、図らずしてあります。

歌モノの音楽に対する渇望が徐々に膨れあがった

「ONENESS M」通常盤ジャケット

――さて、アルバム『ONENESS M』が11月29日にリリースされます。今回フィーチャリング・アルバムを制作しようと思った経緯は?

 自然とこの発想が生まれました。急に思い立った訳ではなくて、何年も前からこのアイディアがありました。昔は自分で歌っていたし、自分の言葉を表現することを貫いてきたけど、40歳前後でそれを切り捨てました。それは、自分の表現においてはギターとヴォイオリンの技術を磨くだけでいっぱいいっぱいだと確信したからです。

 自分がより納得できる歌、言葉の表現を追求するだけで人生が終わってしまうと思って。僕の残り少ない人生の中で、出来ることをフォーカスしていかないと時間がもったいない。

――歌や言葉は、その道のスペシャリストに任せて、SUGIZOさんは音に集中するということですね。

 その通りです。だから手法としてはギターとヴォイオリンと。それでも普通の人より多いんですけどね。最も自分がするべき仕事は、作曲、プロデュース、サウンドデザイン、これらにフォーカスしようと決めたのが40歳くらい。それまでは自分の才能は無限だと思っていましたから。

 それ以降、自分の作品はインスト作品が増えていきました。とはいえ、自分が歌モノの作品を生みたいという欲求がない訳ではなくて、歌モノの音楽に対する渇望が徐々に膨れあがっていった。そして20周年というこの時期であれば企画物として1枚丸々ヴォーカル作品を作ってもいいのではないかと。でも、そこで自分が歌う気はなくて、自分がリスペクトする大好きなシンガーを招いて歌ってもらおうと思いました。

――その頃から歌モノの曲は作り始めていたのでしょうか?

 そうですね。今回のための書き下ろしが半分くらいで、残り半分は既にストックしてあったものです。

――今後はSUGIZOさんの歌は聴けないのでしょうか?

 どうでしょうね…。基本的には「自分で」というつもりはあまりないけど、プロデューサー・SUGIZOとして作品に必要と感じた場合はそういうこともありえると思います。それでも今回は、コーラスとしてけっこう歌っているんですけど。とはいえ、歌う表現も自分の中での重要なことでしたし、実はファンクラブのイベントでは毎回歌っていますから、表で歌うのは、自分の身近なみんなの前だけということが近年続いています。

――今作では『音』にもあった怒りの面はサウンドに反映されていたりするのでしょうか。

 自分の精神性を露にしようというテーマではなかったので、とりたてて大きくは考えてはいないんですけど、自分の中から滲み出てくるものなので多々あるとは思います。それこそ、詞を書いてくれたアーティストや、歌ってくれたアーティストによります。K Dub ShineさんやTOSHI-LOWくんは僕と政治的な考え方や社会に対する精神性が、とても近い意識の上の同志なんです。彼らには「現実に対しての辛辣な言葉を吐いて欲しい」という要望を出しました。彼らが吐く言葉は、僕はほぼ賛同できます。同じような社会的意識やプロテストソング的な言葉を、TERUやRYUICHI、洋平くんに押し付けるべきではないです。

 大切なのは一曲一曲参加してくれるシンガーが、最もあるべき状態で、最も一人ひとりがそのポテンシャルを発揮できる、美しく存在できる、最も魅力的に感じる、そういう音楽をただただ作りたかった。それを自分が構築したかった。なので、そこに自分の精神性や自己顕示欲、そういうものを盛り込むことは、今回はほぼなかったです。

 (※編注=プロテストソングとは政治的抗議のメッセージを含む歌の総称)

――今作の楽曲は、歌う方が決定していたうえで書かれたのでしょうか?

 はい。例えば、「絶彩」は京ちゃんが参加してくれることが決まって、彼に向けて書きました。「Garcia」もそうで、TOSHI-LOW君の参加が決まってから彼に向けて書きましたし、「光の涯」もMORRIEさんが決まってからです。

 「永遠」は数年前にLUNA SEAのアルバムのために書いた曲です。そこでは使われなかった曲なんですけど、RYUICHIが歌うことを前提で書きました。それを今回の僕のソロ作品として再構成した曲ですね。「PHOENIX~HINOTORI~」も数年前にX JAPANのアルバム用に書いた曲で、Toshlさんが歌うことをもちろん前提とし、既に数年前にToshlさんと一緒にデモは作っていたんです。

――「巡り逢えるなら」はThe FLAREの時の楽曲です。この曲をTERUさん歌ってもらった意図はどんなものだったのでしょうか?

 そもそもThe FLAREは不遇なプロジェクトでね。スタート時点から色々な問題があって、要は上手く行かなかったんです。非常に大変なプロジェクトで、自分の中でもあまり良い思い出がなくて…。でも、不遇だったけど、生まれた音楽は良かったと今でも思っています。今でも「これは良いな」と思える、光を放つ曲があって、その中から1曲を救い出したかった。「巡り逢えるなら」をTERUが歌ったら素晴らしいだろうという直感からです。

 この詞は本当にネガティヴで、当時仕事も私生活も、たぶん人生の中で最も絶望していた時期でした。その絶望というのは、世の中が勝手に進んでいって、自分一人だけ取り残されていく感覚。どうにもならない孤独感、自分が負け犬だという感覚、自分が地に堕ちた感覚。その無力感、孤独感。でもここから何とか這い出したいという一抹の光というか、その感情が言葉になった曲で、そこから這い上がってきて、今となってはなかなかああいう言葉は書けないと思うんです。

――歌詞からもそれが伝わってきます。

 今読み返すと、同じような絶望や辛い状況にある人が多いんですよね。それが例えばイジメであったり、人間関係の不信、もしくは倫理観、あらゆる苦しい境遇にいる人達に対して、この言葉を、ポジティヴな光の塊のようなTERUが歌うことによって、また新しいエネルギーを伝えることができるんじゃないかと思いました。とても重要な意味があります。あらゆる成功を手に入れたポジティヴな光の塊の国民的シンガーがこの言葉を歌うことによって、とても大切な何かが伝えられるんじゃないかなと

――TERUさんが歌うことによって昇華されていく部分があると感じました。そういった深い意図があったうえでの人選だったんですね。

 彼は本当に素晴らしいシンガーで、言葉一つ一つにエネルギーを宿すんです。

――それでは「VOICE」を清春さんが歌ったのにも深い意図が?

 僕のソロ作品の歌モノ楽曲として「VOICE」は最も気に入っている曲のひとつだったんです。このシンプルな楽曲でシンプルな言葉、言葉数も少ないんですけど、その中に凄く重要な意味やイマジネーションが凝縮されている。いつかこれを圧倒的な声の持ち主に歌って欲しいなと、そこはかとなく思っていました。

 これで今回『ONENESS M』を製作するにあたって、「VOICE」は絶対に清春だと思って声をかけました。彼は僕とほぼ同年代で、同じく90年代から駆け抜けてきた同志。20年以上歌い続けて叫び続けてきた男だからこそ表現できる気合いと言いますか。

――生き様が表れているような歌です。

 生き様、切なさ、怒り、悲しみ、そして優しさ。彼がこの曲を歌ってくれたことによって、この曲が本来持っていたエネルギーがより強化されたと思っています。とても感謝しています。

1000%アナログ志向

SUGIZO

SUGIZO

――サウンド面についてですが、今作で新しいチャレンジはありましたか?

 基本的には前回の『音』が僕にとって革命的な作品で、あの流れを踏襲しています。『音』はほぼ全ての音をアナログで作るということにこだわってました。

――Macでプラグインなどは使用しなかったのでしょうか。

 ほぼ使っていないです。ちょっとしたEQ(イコライザー)なんかのプラグインは使いますけど、ソフトシンセとかプラグインの中に入っているアンプシミュレーターなんかは基本的に使いません。今はモジュラーシンセとアナログシンセがメインで、それが重要だったんです。本当に自分からこぼれ落ちるというか、自分の内面を抽出したものを作りたかったので、いわゆる簡単に手に入るソフト音源とかサンプル音源を一切使いたくなかったんだけど、一切使わないというのは難しくて、9割は自分で作ったアナログの音、という状態でした。楽曲を作るときは便利なので、サンプル音源やソフトシンセでバンバン曲を作っていきます。

――スケッチ段階ですね。

 はい。それを本チャンでは差し替える訳なんですけど、そのプロセスは今回も踏襲しているので楽には音を作ってはいません。一個一個の音が吟味されています。

――SUGIZOさんは過去に、アンプシミュレーターは本番ではあり得ないと仰っていましたが、それから10年以上経ってモデリングに対する感覚は変わりましたか。

 そうですね。やっぱり便利なので今は状況によっては使います。Kemper Profiling AmplifierやFractal Audio Systemsはステージでも使いますが、今のところ僕の追求度合いだと、生バンドの中だとちゃんと生のアンプでスピーカーが鳴らしたい。でも僕のソロのエレクトロニクス中心の音楽の場合はシミュレーターで鳴らしても問題を感じない。あくまでも音楽によります。

――ということはLUNA SEAの場合だと生アンプということに。

 そうですね。この間初めて、香港でファンクラブ限定のライヴをやりました。そのときはあえて小さなライブハウスでやるというものだったのですが、僕のフルセットは香港まで持って行けないので、初めてLUNA SEAのステージでKemper Profiling Amplifierでライヴをやってみました。

――感触はいかがでしたか?

 プロファイリングして音はだいぶ追い込めるんですけど、まだ色んな問題があって、ペダルが僕の速度について来ないんです。ヴォリュームペダルを上げても音が鳴らないとか、Kemperの中での音のプログラムチェンジに時間がかかって、生演奏について来ないということが多々あって凄くストレスでしたね。そういう意味で、音質はだいぶ良くなってきているんだけど、機能として追い付いて来ないんです。

――SUGIZOさんにとってヴォリュームペダルも演奏の重要なファクターですよね。

 重要ですね。便利だし、それを使わざるを得ないときのための方法論として使っているんですけど、やっぱりベストなのはちゃんと本物を鳴らすこと。エフェクト関係もアナログ、もしくはデジタルなんだけど限りなくアナログに近いデジタル、僕にとってはTC ELECTRONICのTC2290というディレイとか、EventideのH3000は絶対に外せないので。臨機応変にやっていますけどね。

――その2つの機材は時が経っても変わらない普遍的な何かがあるのでしょうか?

 ありますね。ヴィンテージのストラトキャスターも普遍的なギターじゃないですか? それと全く同じ意味合いですね。TC2290も限りなくアナログに近い機材なんです。

――SUGIZOさんにとってデジタルというものは便利なものであって、音に関してはアナログが好みなのですね。

 もう1000%そうですね。デジタルは上手く使うべきです。と言いながらも僕はMacなどコンピューターを使わないと何も仕事ができないくらいようなAppleオタクなので、実はデジタルにも魂を売っているんですけど(笑)、でもそこで録る音はアナログであるべきであって。僕の中での現代的なベストな扱い方というのは、音の発生自体はアナログで鳴っていて、それを管理、制御する上でのデジタルやMIDIというところでしょうか。

――音の本質に関わらないところはデジタルの方が便利ですね。

 そうですね。でも、デジタルシンセの定番YAMAHA DX-7、あれは嫌いじゃないんです。今回のアルバムの中にもDX-7の音が欲しかったんです。でもDX-7は基本的にFM音源でデジタルなので、別に本体がなくてもいいんですよ。

――それこそソフトシンセでも再現できると。

 そうそう。DX-7の音が欲しいなというときは、別に本体を鳴らすのではなくて、ソフトウェアで満足しちゃいましたね。でもSequential Circuits Prophet-5やMoogの音が欲しいときには絶対シミュレーターでは我慢できないです。

――本物の音を知ってこそですね。これからのミュージシャンや若いミュージシャンも、やはり本物の音を知らなければいけないと。

 絶対にそう思います。本質、真理を知るべきです。それを使うか使わないか、所有するかどうかは別として。音楽家なんですから音楽の本質や真理は追求するべきですよね。知らなければ人前に立つべきではないとは言いませんが、知ることにこした事はないと。知らないことをむしろ恥ずかしいと思った方がいいです。無知は罪です。僕も知らないことはたくさんあるし、“知”に対する渇望というのは計り知れないほど強いです。

 常に勉強をしていたい。音楽に対しても一生かけて学びたいことがまだまだあるので、若い世代が、「ギターアンプをほとんど鳴らしたことがありません」、ほとんどシミュレーターやプラグインでギターを弾いて「いい音だ!」と思っているのは、ちょっと問題があると僕は思っています。もっと言うと、ギターが凄いなと思うのは、たぶん楽器の中でギターが最もシミュレートできないと思っています。

――確かにまだ発展途上ですよね。

 例えばピアノや弦やシンセの音はソフトでサンプリングをして何とか表現できるけど、ギターの音ネタはまだまだです。やっぱり人間がちゃんと弾かないと。人間が弾いてちゃんと録らないとギターのカッコ良さって出ないんですよね。ギタリストこそ、本物を知るべきなんです。

 もちろん、シミュレーターなどは安く手軽に購入できるし簡単に使えるので、それはそれで便利で良いと思うんです。昔と違って、入り口はそれでいいと思います。ただ、追求すればするほど、本物に到達するべきだし、そうであって欲しいなって思います。

(おわり)