上地雄輔としても活動するアーティストの遊助が11月15日に、23枚目のシングル「雑草より」をリリースする。2009年にシングル「ひまわり」でソロデビューしてから9年目。「一番大変でエネルギーを使うのは、続けることだと思う」と語る彼は、同じように日々何かを続けている人たちに対するエールを、この曲に込めたという。聴き手をはっとさせる歌詞、ライブに来る観客全員を楽しませるための工夫を凝らした演出…。遊助のアーティスト活動は実に発想が自由だ。その豊かさはどこからくるのか、MusicVoiceは彼にインタビューをおこない、彼のその発想の原点を探った。【取材=桂泉 晴名】

人生の最後に「やっておけばよかった」をどれだけなくすか

遊助(撮影=片山拓)

――タイトル曲の「雑草より」ですが、今までさまざまな楽曲をリリースされてきましたが、遊助さんの王道感があります。

 やっぱりライブをやっていると、終わっても目の前に広がる応援してくださるたくさんの方の画が、ずっと焼き付いているので。そういう人たちにどういうメッセージを送れるかと考えたときに、メッセージとして「僕もこういうふうに思って頑張るから、それまでまた、お互い前に進みながら、会える日を楽しみにしているね」というエールを込めた曲になったらいいなと思いました。

 また来年、ライブをやるかやらないかはまだ分からないですが、直接会って自分の生の声で、目と目を合わせてメッセージを送ることが、しばらく次のツアーやライブまでできないので、そういった意味を含めて、置き手紙じゃないんですけど。

――「雑草」がキーワードになっていますね。

 僕も順風満帆な芸能生活でもないですし、昔部活をやっていたときもケガをしたり、この仕事を始めても売れない時期がすごく長かったですし。エキストラみたいなこともたくさんやらせて頂いたり、いろいろなことがあったんです。その中で、どんなことでも続けるのは、すごく大変なことだと思ったんです。それは人生を続けているのか、学校を続けているのか、部活を続けているのか、仕事を続けているのか、子育てを続けているのかわからないけど。

 もちろん、始めることや、やめることも大変だったりしますが、一番大変でエネルギーを使うのは、続けることだと思うんです。だから続けている人に、「頑張れ、頑張れ」だけじゃなくて、立ち止まっても大丈夫、というようなメッセージを送りたいな、と思って。悩むことと、考えることの差ってなんなんだろうと思ったんですよ。

――悩むことと、考えることの差ですか?

 悩むということは、立ち止まりたいからだ、と思って。疲れたんだったら立ち止まればいいし、色々なことを確認する作業の時間だから、悩むことを否定的に考えるんじゃなくて、それは深呼吸することだったり、今持っている自分の幸せの箱を見つめる場所だったり、何か乗り越えるために1回息を整える時間が必要なんだよ、ということを言いたかったんです。

 そして、考えるということは、逆に心の中で準備ができたから、じゃあ今、何をするべきか、動き出すためにするのが、考えること。悩むことは止まるためで、考えることは動き出すため。似ているけれど、全然違うなと。だから、悩んでから考えればいいし。そうしたら一歩踏み出せるんじゃないかな、と思って作った曲です。

――とくに気になったのが、<生き延びてみたいと泣いている人が その耳元にズバッと言ってくるぜ>という歌詞で、ここから物語が進むような気がしました。

 立ち止まってもいいけれど、そこにあぐらをかいてしまうと、それこそずっと腰が重くなってしまう。もちろん立ち止まっていいとは言っているけれど、今日もきっと誰かが、「明日も生きたいな」と思って頑張った結果、生き延びられなかった今日かもしれないし。そういう人が、もし明日生きられなかったら、絶対言うだろうな、と思って。「立ち止まるのもいいけれど、俺、明日ないから。君にはまだ明日も明後日もあるんだから。あとで、あとで、ってずっと言わないで。今やっておいた方が絶対いいから」と言うだろうなと思って。

 自分もそういう人生を送りたいし。「あれをやっておけば良かった」というような人生じゃなくて。もちろん、誰でも「言っておけばよかった」とか「やっておけばよかった」というのはあるかもしれないけれど、それをどれだけ自分の人生の最後になくすかの作業だと思うので。

――この世に置いていくものをなくす作業をする、と。

 やっておけばよかった、言っておけばよかった、を減らしていこうと思っています。

――遊助さんの今の年齢は、20代の勢いだけでいくそれではなく、時には立ち止まらないといけない時期でもありますよね。

 そうですね。でも逆に言うと、僕も早く売れたわけじゃないし、そこで僕らの同世代とか、年配の方もそうですけど、「勇気をもらえる」という声もすごくたくさん頂けるので。それを改めて、「今からでもいいからやろうぜ」という曲になりました。

――ところで「雑草より」の「より」にはどんな意味が込められていますか?

 僕を雑草だと思っているので。だから「僕からです」みたいな。

――“僕から君へ”の意味なんですね。遊助さんはライブのときも客席に置き手紙をされているそうですが、最初にそれをしようと思ったのは、どういったきっかけからなのでしょうか。

 会場の客席を全部回るんですけど、芝居したり映像とかけあったり、ちょっとコントじみたことやショータイムみたいなものもやるので、極力全部180度、円形のステージだったら360度、全員に同じような距離感を感じて欲しいのですが、どうしても会場の形態によって、見えにくい所があったりするので。それで、見えにくい席の後ろに貼ったりしていたんです。そしたら、逆にラッキーと思ってくれたらいいなと思ったんですよ(笑)。

――そういう経緯だったんですね。「雑草より」はストリングスが入っていて、華やかなサウンドで彩られています。

 それこそストリングスベースで少し切なさもありながら、その中で逆に力のある言葉というか、いい意味で無骨な言葉をつむいだら、対比して響くんじゃないかなと思いました。

――ところで、遊助さんは雑草で思い出す風景はありますか。

 地元の話になっちゃうんですけど、近くにそういう空き地みたいなところがあって。そこに雑草がボーボーに生えていたところがあって、年に1回刈られて、きれいになっていて、また花がいっぱい咲いていたことを覚えています。場所的に自分の中で思い出として出てくるのはそこかな。

運のせいにはしたくない

遊助(撮影=片山拓)

――「本当にそれで良いの?」は「雑草より」とテーマはつながっていますか?

 そうですね。ここはもう1歩踏み出す勇気というか。

――もう一歩先を伝えた方がいいと。

 偶然こういう流れになったんですけど、時間軸の場所が違うので。止まってもいいよ、考えても大丈夫だよ、ということから、一歩行こうぜと。時間軸が進んでいます。

――タイトルを見てどんな曲か想像してから聴いて驚きました。こんなに勇気づける曲だったんだと。

 曲を録り終わってからタイトルを決めたのですが、なにか強いタイトルがいいなと思って。タイトルも歌詞みたいなものだと思うので。タイトルはレストランでいうと店構えというか、そこの準備をしてから聴いてほしいな、と思って。

――この曲の主人公は<追い風来ると待っていた>、<助けが来ると待っていた>など、中盤までは待ちの姿勢なんですよね。

 僕もそういうところがあるんですけど、どこか運のせいにしたり、タイミングのせいにしたりして。もちろん、それで気が楽になったり、自分が助けられることもたくさんあると思うんですけど、それをやってしまうと、慣れちゃうから。だから極力、自分でもタイミングのせい、運のせいにはしないようにしたいなと。

――なるほど。でも、朝の星占いとか見ると気になったりしてしまうんですよね。

 僕も見ると気にしちゃいますよ(笑)。でも運に恵まれている、人に恵まれている、環境に恵まれているというのは自分が使う言葉で、人に対して使う言葉ではないので。「タイミングがいいから、宝くじが当たったんだ」とか「学校に受かったんだ」とかならいいけど、「あいつは運がいいから」とか「タイミングがいいからだよ」「俺はタイミングがないだけ」とマイナスな面で人に使ったり、自分に使ったりするのは良くないと思うので。

 それをつかむのも、「お入んなさい」で入っていくタイミングを自分で取るのも、自分の実力だと思うので。凧揚げでずっと無風のところで待っている子どもは、あまりよくないと思うんですよ。

――確かに。

 「走れよ」って(笑)。もちろん体力も使うし。大変なこともあると思うんです。転んじゃうかもしれないし。でも突風が来るのを待っていたって、ずっと来ないかもしれないし。

――「本当にそれで良いの?」は風に乗るような曲ですが、仕上げるときはどんなところにこだわりましたか。

 それこそ飛んでいる鳥をイメージしながら、羽ばたく様を想像して作りました。

――「雑草より」もそうですが、コーラスがきれいですよね。

 もともと4曲ともそうですけど、何曲もやったことのある方なので、信頼していて。「もう少し人数感を出してほしい」と注文しました。壮大に飛び回る感じを出すために、上のハモをああして、こうして、あまり低くしないで、というのはお願いしました。

大人が聴いて「あれ?」と耳を傾けたくなる言葉

遊助(撮影=片山拓)

――「JETCOASTER」は作曲・編曲がNAOKI-Tさんですね。

 NAOKIくんはデビュー当時のアルバムからやっているのですが、いつも曲を発注するときに、みんなに対してもそうなんですけど、ズラズラってニュアンスしか言えないから「いつもニュアンスでごめんね」と言うんです(笑)。「この展開でこういうふうにして、ああして、こういう世界観で、こういうイメージにしてほしい」という要望を、ちゃんと僕が想像したものを超えて作ってくれるので、本当に信頼している作曲家の1人です。

――この曲は、どういう思いから制作したのでしょうか?

 曲を聴いて、ジェットコースターっぽいと思っていたんですね。それで、オノマトペじゃないけど、シュシュとか、シュポシュポとか、プシュプシュとか擬音を使って、ちょっと子どもっぽいけれど、耳に残るイントロとアウトロにして。確かにジェットコースターってすごく音がするな、と思い出してもらう様にしています。

――ちなみに、ジェットコースターに乗るのは好きですか?

 ここ何年か乗ってはいないですけど、好きですね。

――擬音については、常に意識していますか。

 勝手に耳に入ってきます。それを言葉にしたら、どうやってまとまるんだろう、みたいなことがすごくあったんです。でも、ちゃんと肝心なところは、大人が聴いて「あれ?」と耳を傾けたくなるような、「確かにそうかも」という言葉をちゃんと入れていこうかな、と。

――ギクッとしたのは<もし立ち止まる時 急ブレーキはやめてよ 何人も君のジェットコースターに乗り込んでる>というところでした。

 それこそ、自分で人生をやめてしまおうと思った人とか、思っている人とか、もちろん不慮の事故もあるかもしれないのですが…。自分で投げやりになったり、自分でなにかをポーンと辞めてしまったときに、そのジェットコースターに乗り込んで楽しもうと思っている人もいれば、何かこの人の手伝いになれたらいいな、と思って乗り込んでいる人たちがいっぱいいるんだから、ということをちゃんと伝えなきゃいけないなと思いました。

自分の中に残っている限り、その人は生きている

遊助(撮影=片山拓)

――「カラー」は温かくも切ない楽曲ですね。

 これは遠くに離れた人とか、天国に行ってしまった人を想像しながら、ちょっと切ない、でも夢で逢えるということを考えて…。あ、いろいろ思い出してきました! 忘れなかったら、生きているというのが、自分の中にあるんです。だから、ちゃんと忘れることが、本当の別れだと思っていて。肉体はなかったとしても、自分の心の中や、頭の中に、姿とか、耳に声が残っているのは、その人が生き続けていることだと思うから。逆に言ったら、他界した人でも、そう思って見てくれているのかなとか、聞こえているのかな、とも思います。

――遊助さんの曲を聴いていると、「生と死」が根幹にあるような気がします。生きていることに対する感謝や、亡くなった人に対する思いを背負っていると感じます。

 せっかく生きているんだから、と思っちゃうんですよ。貧乏根性なのか、わからないけど。どうせ生きているんだったら、やっておこうよと。どうせいいんだったら、言おうよとか、どうせやれることだったら、やった方がいいんじゃないと、と思うので。

――そういう想いは小さい頃から?

 高校のときに一番仲が良かった先輩が、寝ながら亡くなってしまったんです。僕は死に目には会えなかったのですが、前の夜まで一緒にいて。また、高校のときにお世話になったコーチも、若くして亡くなっていて。仲間が多い分、お世話になった人もたくさんいるなかで、急にいなくなってしまうことも、若い頃からちょこちょこあったんです。だからこそ、逆に生かされているんだから、せっかくチャンスがあるかぎりは、何かやった方がいいなという思いがすごくあって。

 そういうメッセージを感じたように思ったので。後付けかもしれないけれど、間違いなくそれはあるのかな、と、今話していて思いました。

――先ほど言われた「他界した人でも、そう思って見てくれているのかな」という視点は、とても新鮮でした。

 お墓参りをするでしょう? 目に見えない、いるかどうかも分からないところに、日本人はみんな声を出すのに、向こうが言ってきていることは信じないというか、一方的に神様に「〇〇お願いします」と神社とかお寺とかでもやるわりには、「こうやって言っているかも」ということをあまり想像しない。せっかく聞こえていると思って神様やお墓詣りをするんだったら、逆にこうやって言っているかも、と想像してもいいんじゃないかな、とすごく思うんです。そこを信じるんだったら、あっち側も信じようよ、と。

――ちなみに「カラー」というタイトルですが、色にこだわりたかったのはなぜでしょうか?

 目をつむってその人を思い描くときは白黒じゃなくて、ちゃんと鮮やかに、心も潤うように描いて欲しいなと思ったので。セピア色にするんじゃなくて、切なさも残しながら、ちゃんと温度を感じられるように。色は何か温度を感じるんですよ。逆に白黒だと冷たく感じる。だから自分の心の中でも頭の中でも、ちゃんと色は鮮やかに描きたい。心が乏しくなってしまったり想像力がさみしくなると、やっぱり色も薄くなってしまう気がしたので。

――今回のシングルはどんな風に聴いて欲しいですか。

 いろいろな時間軸の物語があるので、立ち止まりたい人、一歩踏み出したい人、今、走っている人。何か思い出したい人と。色々なところに、いろいろな立場が当てはまる歌詞を作ったつもりではいます。

 ただ時間軸は、色々な物の見方で変わっていると思うんです。学校は今止まりたいときだけど、部活は今、イケイケのときだ、とか。この人に対してすごく熱いとき、とか。たぶん、みんな一つの時間軸だけで生きているわけではないと思うので。この4曲とも、全部が全部、色々な人を思い出したり、いろいろ頑張らなきゃいかないことなど、今休んだ方がいいこととか、思い出すようなことがきっとあると思うので。ぜひ4曲とも通して聴いて欲しいですね。