リオパラリンピック大会の閉会式でパフォーマンスした、両腕のないブラジル人ピアニスト兼ギタリストのジョナタ・バストスが、15日に両国国技館で開催されるスポーツと音楽の祭典『ParaFes 2017~UNLOCK YOURSELF~』に出演するため初来日。このステージで、“和製スティーヴィー・ワンダー”とも呼ばれる全盲のミュージシャン・木下航志と初共演する。これに先立ち、MusicVoiceでは両名にインタビューを実施。一線で活躍するまでの困難や、音楽に対する考え方、さらに音楽を通じて届けたい想いを語ってもらった。【取材=村上順一】

 まずは両名のプロフィールを以下に掲載する。

 ◆ジョナタ・バストス 3歳のときに地元教会で歌い始め、6歳から祖父にキーボードを習う。12歳頃からリオデジャネイロ内各地で演奏や講演活動。その頃に、母親のギターで遊び始めたことがきっかけで、ギタリストを目指すようになる。ギターをアンプとつないで足での演奏を可能にした「ギターペダル」を武器に、弦楽器に没頭。ブラジル全土をまわりながら演奏スキルを磨き、2010年にはソロ奏者としてギターリフを習得。国内トップアーティスらと共演を果たし、2016年には英テレビ局が制作したパラリンピックのプロモーションビデオにピアニストとして抜てき。YouTubeで800万回以上再生され、リオパラリンピック閉会式でパフォーマンス。ピアノ、ギター、さらにはドラムまでを演奏する。

 ◆木下航志(きした・こうし) 1989年5月8日生まれ、鹿児島出身。未熟児網膜症為、生後1カ月で失明。2歳でおもちゃのピアノを弾き始め、5歳でクラシックピアノを始める。2004年アテネパラリンピックのNHK公式テーマソングを担当。09年ニューヨーク国連本部で日本人初のパフォーマンスをおこない、14年にブラインドサッカーワールドカップ日本代表初戦で公式応援歌を独唱。17年3月、駒沢公園陸上競技場で開催の『パラ駅伝in TOKYO 2017』で国歌斉唱。同5月にベストアルバム「サンキュー!」をリリース。6月には『Fantasy On Ice2017』に出演し、世界トップのフィギュアスケーターらとの共演を果たす。7月公開映画『クロス』主題歌と音楽を担当した。

「絶対に諦めない」という信じる心

ジョナタ・バストス(右)と木下航志

——15日に両国国技館で開催される『ParaFes 2017~UNLOCK YOURSELF~』で共演されますが、お互いの音楽を聴いて、どのような印象を抱きましたか?

ジョナタ・バストス 航志さんの音楽は本当にスペシャル。聴いただけでそのエネルギーが伝わってきました。

木下航志 ありがとうございます。やっぱりブラジルの方ということもあり、ジョナタさんの音からラテンの血を感じました。ステージに一緒に立った時にどんな感じになるのか、今から楽しみです。ジョナタさんと今日会うこともすごく楽しみにしていましたから。

——せっかくですので、木下さんからジョナタさんに聞いてみたいことはありますか。

木下航志 いつもポジティブでいられる秘訣を聞いてみたいです。

ジョナタ・バストス やはり日々への感謝ですね。神様にももちろんのこと、今ここにいられることや、自分が自分でいられることに感謝することが、毎日笑顔でいられる秘訣です。

——逆にジョナタさんから木下さんに聞いてみたいことは?

ジョナタ・バストス そうですね、航志さんは今回、私とコラボすることによって何を期待していますか。自分は絶対良いものが出来ると思うし、逆に航志さんの希望を聞いてみたい。

木下航志 今は期待感ももちろんですが、どんな風になるのか見えてないところもあるので、早く音を一緒に出したいという思いが強いです。そこに対する楽しみという感情が今は大きいです。

——あまりリハーサルも出来ないとのことなのですが、不安はありませんか。

ジョナタ・バストス プロとして演奏することへの責任感はあるけれど、それ以上に絶対に楽しいという思いが大きいので、リハーサルは少なくても全く心配はしてないよ。

——確かに、こうやってお話を伺うとお二人からは余裕も感じられます。

ジョナタ・バストス はは(笑)。僕の場合、地に足をしっかりつけているということが、その余裕に繋がっていると思います。一日一日を生きていく中で、楽しみしかないんです。

——きっと毎日が充実されている証拠ですね。ジョナタさんはギターを足で、ピアノは腕と顎(あご)を使って弾いていますが、ここまでのレベルに達するようになるには、並々ならぬ努力があったと思います。一番大変だったことはなんでしょうか。

ジョナタ・バストス 一番困難だったことは、身体的な痛みでした。あと、足でギターを弾く場合、足の指はどうしても小さいから弾きづらい。最初はピアノも足で弾いていたんだけど、そうした理由もあって今では腕と顎を使って弾くようになりました。皆さんのように10本の指がないのでかなり大変でした。でも、挫折しなかったのは、常に「絶対に諦めない」という信じる心があったから。それが大きかったとは今思えば感じますね。

——足で弾けるようにギター本体には特別な改造をされていますか?

ジョナタ・バストス 当然、そう思われると思うけど、特別なギターではなくて、皆さんが弾いているギターと同じものです。チューニングも特別なことはしていません。楽器を自分に合わせるのではなく、自分を楽器に合わせています。なぜなら、どこに行っても、どこのメーカーのギターでも弾けるようにしたかったから。

——素晴らしい考え方だと思います。木下さんはいかがですか? 苦労された点など。

木下航志 一番苦労した点は“音”から入ってしまうということでした。コード(和音)の名前がわからなくて。なので、知り合いのミュージシャンに頼んで「この音はこの和音で」という風に教えてもらいました。教えていただくのにも、なかなか音で説明するのが難しかったみたいで苦労しました。でも、今ではコードの名前と音が一致するようになってきて。それと、楽譜を見ることが出来ないというのが一番のネックでした。

——木下さんには絶対音感があると聞きました。それはかなりのアドバンテージだと思います。

木下航志 確かに音感はあるので、ピアノが鳴っていなくても歌うことはできますからね(笑)。

——ピアノを華麗に弾かれている姿が印象的ですが、テクニック面での苦労もあったのでしょうか。

木下航志 いやいや、でも速弾きはできないんです。あまり難しいことはできないので、ゆっくり弾く感じにはなってしまいますね。あと、逆に「どうだ!」というプレイはあまりしたくないというのもあります。

——現在は『BLIND WORLD LIVE』という会場を真っ暗にして観客も耳だけで楽しむライブを展開されていますが、このアイデアはどこから得たものでしょうか。

木下航志 これは『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』というワークショップがありまして、それに影響を受けて自分のライブでも取り入れてみました。昨年から『ParaFes』(パラフェス)でもやらせていただいていて、今年もアイマスクを皆さんに付けて、体験していただける予定です。当日の皆さんの反応がすごく楽しみですね。

 (※編注=ダイアログ・イン・ザ・ダークとは日常生活のさまざまな事柄を暗闇の空間で、視覚以外を使って体験するワークショップ)

人間は皆完璧な人はいない

ジョナタ・バストス(右)と木下航志

——音楽はお二人にとって欠かせないものだと思われますが、どのような存在ですか。

ジョナタ・バストス 世界には異なる言語がありますが、どんな状況でも音楽はお互いの思いを引き寄せる力があると思います。自分を見たときにみんながすごくビックリされるんですけど、でも、自分が音楽を奏でるともっとビックリしてもらえるんです。僕に対しての偏見というものがなくなる瞬間です。そして、今世界は様々な困難の渦中にありますが、音楽を通して世界を変える力もあると思います。それが僕にとっての音楽の存在意義です。

木下航志 音楽は自分を表現できるものだと思っています。もし、音楽をやっていなかったら一体何をしていたのだろうと、今でも考えることがありますが、未だに音楽をやっていない自分は想像できていません。音楽に出会えたことに感謝していて、今回もジョナタさんとコラボレーションできるのも、音楽のおかげですし、唯一無二の存在です。

——ジョナタさんは音楽をやっていない自分を想像されたことはありますか。

ジョナタ・バストス 音楽がない人生は想像ができないです。音楽は本当に神様からのプレゼントであって、やめることもできません。自分にとっては神様からの最高のプレゼントですから。

——お二人は音楽をやるために生まれて来たと言っても大げさではないかもしれませんね。お二人の音楽ですごく勇気付けられたり、救ってもらったという人は多いと思うのですが、ご自身が音楽に助けられた経験はありますか?

木下航志 特定の曲ではないんですけど、慰められたことはやっぱりあります。自分は幅広く音楽を聴くのですが、ラテンのノリが好みで、そういった曲を聴いていると、落ち込んでいても元気が出ます。日本人なんですが、不思議です。もしかしたら、ラテンの血が流れているのかも? と思うこともあります(笑)。

ジョナタ・バストス 日々音楽には助けられています。落ち込んでいてもハッピーな音楽を聴けば、そういう感情になれるし、自分で音楽を表現することによっても助けられていますから。

——聴くだけではなく、ご自身でプレイすることによっても救われているわけですね。15日には『ParaFes2017~UNLOCK YOURSELF~[追加]』という音楽とスポーツのコラボレーションしたイベントが開催されます。一見、別物とも言えるジャンルではありますが、こういった異種ジャンルとの共演をどう捉えていますか。

ジョナタ・バストス 昨年、リオデジャネイロでのパラリンピック閉会式でパフォーマンスさせてもらったのですが、音楽とスポーツは同じ要素があると僕は思います。質の良い人生、生活を送るにあたって必要不可欠な事柄なんです。食事や睡眠を取るのと同じように、音楽とスポーツも存在していると思っていて、皆さんが思っているよりも、この2つは深い関わりがあるように感じています。

木下航志 今回初めて両国国技館で歌わせてもらうのですが、その場所の持つエネルギーはどんなものなのかなというのはあります。音楽とスポーツに共通している点は、皆さんの応援があって成り立っているんだろうなと感じていて。演奏している私たちだけで作っているわけではないんです。皆さんにも是非手拍子などで参加して頂いて、一緒に作り上げて良い時間を共有できればと思います。

——音楽活動のなかでこれは外せないということはなんでしょうか。

ジョナタ・バストス もっとも重要視しているのは、動機づけのメッセージですね。自分の中で人生と音楽とは突き放せない関係があります。僕はただのミュージシャンではなくて、ミュージシャン以上のことをしたいんです。必ず誰かに音楽以外のメッセージを残していきたいということを重要視しています。

——音楽活動を通して何かしらのメッセージを伝え続けるわけですね。簡単なことではないですよね?

ジョナタ・バストス はい。一人でやるのは難しいと考えると思うのですが、過去にはそれをやって来た人もいるわけで、もちろん航志さんもその一人です。一人ひとりが自分ができることをやっていけば不可能なことではないと思います。

木下航志 やっぱり僕は『BLIND WORLD LIVE』です。12月のライブで24回目になるのですが、これは外せないですね。様々なところで演奏させてもらっているのですが、暗闇の中で僕の音楽を聴いてもらいたいと思っています。10年、20年と続けていけたらなと。あとは生涯音楽を続けていくことです。

——最後に夢を諦めかけてしまった人や、挫折してしまいそうな人にメッセージをお願いします。

ジョナタ・バストス 人間は皆、完璧な人はいません。その部分が見えるか見えないかだけなんです。だからこそ信じる心、やりたいと思う情熱や気持ちを持って頑張り続ければ、不可能を可能にすることはできると思います。一番は自分が今出来ることに対してベストを尽くすことなんです。

木下航志 人はやっぱり一人ではないんだということ伝えたいです。ジョナタさんも言ってましたが、完璧に出来る人なんて一人もいません。頑張って迷ったら、一度リセットして、立ち止まったりしても良いんじゃないかなと僕は思います。実際に僕もそうですし、皆さんも一緒に頑張っていきましょうと伝えたいです。