シンガーソングライターの中村千尋が11月8日に、ミニアルバム『女の袋とじ』をリリース。女性の心の動きをユニークかつストレートな詞で表現する。今年春に話題となったWEB CM動画「カサネテク」を企画したCMプランナーの関俊洋氏とタッグを組んで完成した作品。「『こういうことを言ったら嫌われるかな?』とか、すごくみんなに好かれたかったんでしょうね」と、かつては本音を歌詞にぶつけることに抵抗があったという彼女。どういうきっかけで、心を開放しようと考えるようになったのか。さらに共同作業によって、どんな視点が新たに生まれたのかを語ってもらった。【取材=桂泉晴名】

歌い方に一番影響を受けた「カサネテク」

中村千尋『女の袋とじ』

――中村さんは47都道府県フリーライブを2回実践していますね。

 はい。2年前(2015年)に1周して、今年は2周目を行って10月に終わりました。

――路上ライブをしようと思ったきっかけは?

 ライブハウスだと、学生の方はチケットが高くてなかなか来れないけれど、路上ライブだったら見に来てくれるかな、と思ってはじめようと思ったんです。でも、実際にやるのは勇気が必要で、大変でしたね。2周目が終わった今も、全然慣れていないです。歌い出したら楽しいのですが、歌い出すまでは、すごくドキドキして。Twitterで「助けて」とつぶやいて、お客さんから「頑張れ」とエールを送られるのを見てやっと始める、みたいな感じです(笑)。

――路上ライブを経験して、どんな影響がありましたか?

 結構、路上ではいろいろなことが起きるので。普段のライブハウスなどのライブでトラブルがあっても、前よりはいろいろ対処できるようになりました。

――『女の袋とじ』は、CMプランナーの方との共作が多いですね。今までの作り方とはやはり違いましたか?

 全く違いますね。今までは好き放題に作って来たのですが、「カサネテク」(雪印メグミルク「重ねドルチェ」のWEB限定CMソング)で歌詞を書いてくださっているCMプランナーの関俊洋さんと、「『カサネテク』みたいにおもしろい曲をまた作っていきたいね」となって。アルバムも一緒に携わっていただくことになりました。

――合コンを勝ち抜く女性たちのたくましさを描いた「カサネテク」は、作詞作曲を別の方が担当されています。シンガーソングライターとしては今までにない経験だったのでは?

 最初に雪印メグミルクさんのCMに、こういう曲があるということで、曲はすでに完成していたんです。その中で「ボーカルを誰にしようか」となっていたのですが、私が歌わせてもらうことになって。

 共感できるところはたくさんありますが、ラップをやったことがなかったので、大変だろうな、と思ったのですが、やってみたら意外とすごく楽しかったです。

――ご自身では、どういう風に歌おうと思いましたか?

 結構、歌詞は攻め攻めなんですが、ボーカルまで攻め攻めだと、本当にすごい曲になっちゃうので。そこはギャップで、“いなたい感じ”のボーカルを求められました。あと「ちょっと無表情な感じで歌ってほしい」というリクエストもあったので、それを意識しながら歌ってみて。いい感じにギャップができたかなとは思っています。

――とくに共感した歌詞はありますか。

 <あえて付けすぎハンドクリーム からのゴメンもらって~>というのは、実際にそういう場面を見たことがあったので、リアルだなと思って。歌詞で見ると、すごい歌だと思うんですけど(笑)。

――「カサネテク」を歌うことによって、ご自身の作詞に影響はありましたか?

 歌詞もそうですし、歌い方に一番影響を受けましたね。結構、いろいろなことをやっていいんだ、とわかって。「カサネテク」を歌うまでは「これはちょっとやめた方がいいんじゃないか?」と色々考えてたんですけど、たくさんのことに挑戦したいな、と思いました。感情をなくして歌うというのは、今までしたことがなかったんですけど、こういうやり方もあるんだと思って、すごく世界が広がりましたね。

――<デニール0なら生足よ>のところとかも、印象に残る声ですよね。

 あそこは「セクシーに言ってください」と言われて。セクシーさは今までなかったもので、難しかったですけれど(笑)。

――ある意味、制限された中で表現するのは、シンガーソングライターの在り方と対極ですよね。

 今まで自分で好き放題作って、好きなように歌ってきたのですが、こういうディレクションをしてもらって歌ったものを聴いたら、やはり全く違うんですよね。ちょっと歌い方を変えるだけで、こんなに違うんだとわかってすごく勉強になりました。

ちゃんと向き合い、赤裸々に書こうと思った

インタビューに応じる中村千尋

――2曲目の「潮時チェッカー」の詞は関俊洋さんとの共作ですね。

 これは「どういう歌を作ろうか?」となったときに、「男女の別れ時みたいなのを、チェック項目にしたりしたら、おもしろいかもね」と。潮時のときにどういうことをするか、みんなで話し合って出し合って、それにメロディつけて。楽しく作って、できあがっていった曲です。

――中村さんが書かれた歌詞はどの部分ですか?

 サビの<潮時ドキドキ>というところは、最初に私が作って。関さんに聴いてもらったら、「めっちゃいいね」となって。これをベースに歌詞をつけていこうと。それでチェック項目のところをみんなで考えたりしたんです。

――最後の方の<0ならラブラブ その恋大事に>というところは?

 それは関さんです。

――「カサネテク」と聴いた後だと、そんな気がしました。

 関さんとお話ししていると「女の子みたいな発想をされるな」と思う時があります。私より関さんの方が女の子なんじゃないかなと(笑)。

――できあがってみると、今までのアルバムとはやはり違うイメージの作品になったと思いますか?

 曲が全部そろって、女の本音みたいなものを歌った曲が共通しているな、となったので、『女の袋とじ』というタイトルにして。コンセプトアルバムみたいにはなっているのですが、最初から『女の袋とじ』で作ろう、としていたわけじゃなくて、結果的にそういう曲がいっぱい出てきたんです。今までとは違う感じで、もうちょっと踏み込んだところを歌っている曲がたくさん入っていると思います。

――ちなみに“袋とじ”はどんなところからインスピレーションを受けてチョイスしたのでしょう?

 パッと思いついただけなんですけど、女の本音なので、袋とじを見るみたいな感じで、のぞき見して欲しいという感じですかね。あと、CDを買って家で聴くときのワクワク感みたいなものが、袋とじを開けるときのワクワク感に似ているかな、と思ったので。

――中村さんの今までの曲の中にも「人妻パンティー」(1stミニアルバム『どーも中村です』収録)など攻めた曲はありますよね。

 でも、あれはボーナストラックで。今まではボーナストラックで隠して、そういう好きなことをやっていたんです。でも、2ndアルバム(『雨、上がれば』)のときに、「ノーブラサンデー」という曲を最初は「隠しトラックで入れよう」となっていたんですけど、「いい曲だから表に入れよう」となって。最初は「えー。止めた方がいいんじゃないですか? 嫌われるでしょ」みたいな(笑)。

 結局押しきられて、本編に入って。でも、すごくみんなに「いい曲だよ」と言ってもらえたので。絶対正直に作った歌の方が響くなと思ったんです。今までの曲も正直には作っているのですが、もっと一歩踏み込んで。汚いことも歌にしていった方がいいかなと。それでふっきれて、そういう歌を作っていくようになったんです。

――「ノーブラサンデー」はタイトルを見るとびっくりしますが、アコギメインのゆったりした曲で、とても癒されるんですよね。

 はい。女性への応援ソングみたいな感じですかね。

――それまでは結構、自分の本音を袋とじにしていたところがあったんですね。

 「こういうことを言ったら嫌われるかな?」とか、みんなに好かれたかったんでしょうね。きれいな曲ばっかり作っていて。もっと本音の曲で、汚い部分も、今思っていることが汚いことだったとしたら歌にして、そっちの方が絶対みんなに響くかなと思って作り始めました。

――それは路上ライブを始めたこととも連動していますか?

 路上ライブは結構前からやっていたのですが、悩んでいた時期があったので。

――悩んでいた?

 「このままでいいのか?」みたいな思いがあって。最初に音楽を始めたときから、私は「すごく才能がある!」と自分で思っていたんです(笑)。東京に来て、「もしかしたら才能ないのかも…」と思い始めて。CDもそんなに売れないですし、悩んでいて。「どうしたらいいのか?」みたいに自分の在り方を見つめ直しているときに、「ノーブラサンデー」みたいな曲を作ってしまいました(笑)。

――自分の壁を超えたい、みたいなギリギリの思いで「ノーブラサンデー」は生まれたんですね。

 もうちょっとちゃんと向き合って、赤裸々なことを書こうと思いました。

――中村さんのドキュメンタリー映像で、「私、才能がないので」と言われていて。あのとき、中村さんは自己否定じゃないですが、そういう壁があったのかなと感じました。

 ちょうど悩んでいたときに撮影していましたね。

――でも、それまでは自分を信じていた?

 はい。本当に自分はすごいと思っていて。小さいころにピアノをやっていたので、ちょっと耳が良かったんです。コーラスもすぐにできるし、あまりそういう人が周りにいなかったので、調子に乗っていたんだと思います。上京してバンドを組んだり、いろいろな活動をしていても、結構うまいこと行っていたので。

 でも売れないですし、いろいろな人と対バンをすると、もっとすごい人はいっぱいいるから、「才能なかったんだ」と思ったり。でも、すごく悩んでいる中で「才能がないから、いい曲を作れるんだ!」と考えるようになって。それでふっきれたんです。天才になりたかったのですが、天才は普通の人が共感できる歌をあまり作れないんじゃないか。だから才能がなくてよかったと思い、「ノーブラサンデー」を作っていました。

――今回のミニアルバムだとラストにくる「あたしなんて」は、<自分で自分を笑うなよ>というフレーズがあり、中村さんの当時の心境と重なるのかな? と感じたのですが。

 本当に自分の歌、自分のために作ったような曲なんです。これは去年の年末くらいに企画で作ったのかな? 28時間耐久インターネット放送をやっていて、その28時間の中で1曲めっちゃいい曲を作る、ということで作りました。

――このときは初めての挫折から立ち直っていましたか?

 そうですね。応援歌みたいな。当時の自分もそうですし、今、自分も自信がなくなったりしたときに、

「ダメじゃないよ」と自分に言い聞かせるために作った曲です。

――ミニアルバムの中では「カサネテク」の次にくるんですよね。

 でも「カサネテク」も、幸せになりたくて頑張っている女の子の歌なので。全部共通しているかな、と思います。

冗談も歌詞に入れていい

「正直に言うことを恐れない」と語る中村千尋

――4曲目の「あたしにおっぱいがあったなら」。こちらも中村さんの素顔が垣間見られる1曲ですね。

 本当はこんなこと恥ずかしいから、歌にしたくないんです。でも、この曲の場合はおっぱいですけど、人それぞれ別のコンプレックスが絶対1つはあるはずなので。自分が本当にコンプレックスに感じているものを歌にしないとあまり響かないかな、と思って。もちろん、1stアルバムはその時にしか作れなかった歌だから、今、聴いてもすごく好きですけど。進化していて、今の方が絶対いいと思えるから。悩んでいた時期があって良かったな、とは思っています。

――逆にこういう風にきれいな感情だけ表現するのではなくなったから「カサネテク」みたいな曲との出会いがあったと。

 そうですね。「カサネテク」を歌って、さらに吹っ切れました。ここまで言っていいのか、みたいな。1曲目の「失恋の神さま」も<もう、ふざけんなー>とかは今までは絶対入れてなかった。けれどこの言葉じゃないと。たぶん、他の言葉だったら違ったかなと思うし。

――「あたしにおっぱいがあったなら」は、明るい曲ですね。

 やっぱり絶対明るくしたかったです。これで暗かったら、本当に何を解決したい歌なのかわからなくなりそうだったので。明るくアップテンポかな、と思って。

――3曲目の恋愛を問いにした「A子さんとBくん」。これはサウンドがカントリー調でその意外性にびっくりしました。

 「これをCMにするなら」みたいな話を関さんがしていて。学生で三角関係、サビで数式が出てくる、みたいなことを言っていたので、そういうCMがあると想像し、BGMだったら、すごくアップテンポじゃなくて、絶対にカントリーだろうな、と思ってメロディをつけました。

――「あたしにおっぱいがあったなら」はご自身の曲ですが、これも映像にするとどうなるか、考えました?

 考えましたね。頭の中で想像できるというのは大事だな、と思いました。

――他に影響を受けたことはありますか?

 「あたしにおっぱいがあったなら」の<痛いはずの胸見当たらないけど…なんて笑えないし>の部分は、絶対今までは入れてなかった。関さんは、結構歌の中で冗談みたいなものも入れたりしているので、真似してみようかな、と思ったんです。「失恋の神さま」の<お皿に盛られたチーズケーキは 一人で食べてるの? ああ、んっなわけねー>みたいな。そういうのもいいんだな、と思って入れてみました。

 歌にそんなのはあまりいらないかな、と思って(笑)。でも、そこをちょっと入れるだけで、また違ってくるというか。自虐的になっているところが、その2行で表せたりしますよね。今回のアルバムは、全部の曲がコンプレックスを持っているけれど、頑張っている子の歌なので、コンプレックスを持って「私はもうダメだ」みたいに思っている人に聴いてもらえたらいいかなと思います。

路上もライブハウスも楽しい

インタビューに応じる中村千尋

――「カサネテク」が広く伝わっていったことで、中村さん自身はどんな変化がありましたか?

 今まで私の歌を聴いたことがなかった人、中高生の方にも聴いてもらえて。「カサネテク」から他の曲も気にいってもらえたりしました。路上ライブをやっても、「カサネテク」を歌ったら、わっと立ち止まってくれたりして。すごくライブがやりやすいな(笑)、と思いました。

――これからご自身でどんなことにチャレンジしたいですか?

 いろいろな曲をポップに作ったら、面白いんじゃないかとは思っていて。演歌をポップに作ったりしたら、どうなるんだろう、とか。色々やりたいことがいっぱい出てきますね。

――今までだったら、そんなことは無かった?

 そんなこと考えなかったですね。自分の作りたいものを作って、好きになってくれる人がいたらいいや、みたいな。でも、もうちょっと、「聴く人はどういうのが聴きたいのかな?」とか、そういうことをもっと考えないとダメかな、と思いました。

――以前の路上ライブのときは、目の前のお客さんが何を聴きたいかというより、まず自分だった?

 やっぱり自分が一番伝えたいことがないと、絶対に伝わらないと思っていたので。それはもちろんあるんですけど。ただ、自分は何を求められているか、どういう曲を聴いたら、みんなが楽しくなったり、元気になったりするのか? ということを、もうちょっと客観的に見ないとな、と感じています。

――改めて、2周目の47都道府県フリーライブは中村さんにとってどんなものになりましたか?

 1回目は本当にもう、無我夢中で回っていただけなんですけど、2回目はもうちょっとみんなに楽しんでもらいたい、という気持ちで回っていたので。やっぱり1回目よりも手応えは全然違いましたし、ギターも歌もやっぱり47カ所やると、うまくなりますね。

――やはりライブハウスのライブと路上ライブで表現方法は違う?

 全然違いますね。路上ライブは何が起きるかわからないですし、風も吹いたり、止められちゃったり。ライブハウスは、結構作り込んで、ちゃんとMCは「ここでこういうことを言おう」と決められる。それは、ライブハウスの良さではあるし。

 路上ライブは本当に行き当たりばったりで何も考えていなくて、そこが逆におもしろかったりするから、どっちも楽しめる。路上も来てほしいし、ライブハウスも来てほしい。2度おいしいと思います。そして今後も路上ライブは続けていきたいですね。