<記者コラム:オトゴト>
 このところ「引き際の美学」を考えることがある。事業でも撤退時期を見誤ると大損害を受けると言われているが、調子が良いとき、悪いとき、機をみて判断を下す事はとても難しい。

 先日、安室奈美恵さんが来年9月をもって引退することを発表した。引退理由を巡っては、私生活を含めて様々な憶測が飛び交っている。

 ここ数年の安室さんは、歌を際立たせるためダンスパフォーマンスや光の演出を重視しているよう思える。途中、MCを挟むことなくノンストップで歌い、そして踊る。その姿は圧巻だ。

 安室さんのパフォーマンスならこの先も自分が描く世界観を見せることはできるだろうが、いずれは年齢と向き合わねばならない。そう考えたとき、最高のパフォーマンスが出来る「今」という判断は…という事になるのではないか。

 ここ数年の話に絞れば、今年6月に芸能界を去った嗣永桃子さんもそうだった。卒業理由は夢だった幼児教育の道に進むため。現役時代は自身が描くアイドル像を貫き、笑顔が象徴的で、最後のライブでも涙は流さなかった。山口百恵さんはマイクをステージに置いたが、ももちの場合は、ファンの愛を受信するアンテナという小指を、ステージに消える際に折り曲げた。

 日本が誇るロック歌手の氷室京介さんは耳の不調によってライブ活動の無期限休止を決めた。2014年の横浜公演が最後だったが悪天候も重なり満足のいくライブができなかったとして昨年、ファンのためのラストドームツアーをおこなった。当時は、七年前から耳の不調を感じていたと語っていたが「一時休止」という選択肢もあったはずだ。しかし「無期限」を決めた。

 スポーツの世界でも、観衆が「まだまだ現役で戦える」と思っていても、本人が引退を決める事はしばしば見られる。対戦相手だけてなく怪我や年齢とも対峙しなければならない。観衆の届かぬところで葛藤を続けている。

 最後の姿は目に焼き付くものだ。ボロボロになった姿も、完璧なパフォーマンスのまま去った姿も。BOOWYが解散から30年が経った今も人気なのは、絶頂期に解散したことも挙げられる。ファンの心には当時のままの姿が記憶されているのだから。

 何も美学は「引くこと」だけとは限らない。やり続けることも凄いことだし、やり続けなければ見えないものもある。共通していえるのは、身も心も削って私たちが感動する世界を提供してくれている事だ。

 こうしてみると「現役」でいることが当たり前ではないことを改めて痛感する。「今」というのは特別なものであることを再認識させられる。【木村陽仁】