フリースタイルブームの背景

TKda黒ぶち

TKda黒ぶち

――昨今のフリースタイルブームについてどう思われますか?

 自分の軌跡と照らし合わせてみると、やっぱり皆、根底にあるのは「自分が特別な存在でありたい」という事なのではないでしょうか。今はiPhoneとかもそうですけど、手軽な時代なので、それを表現するためにギターを買ったり練習するのは面倒くさい。でもラップだったら今すぐできる。そういうお手軽さも今広まっている理由じゃないですかね。あとなぜ一般層に受け入れらているのかというのは「プロレス感」だと思います。建前と本音が厳しい国だから、バチバチしたものを見たいのかもしれません。コンプライアンスも年々厳しくなっているから、バトルは痛快ですよ。

 テレビ番組の『フリースタイルダンジョン』は自分もお世話になっていますけど、テレビとはいえ、ちゃんと生々しい部分が映されています。脚色されているところもあるかもしれませんけど、純粋なラップバトルは自分達が昔から現場で見て来たものと一緒の物。地下でやっていたバトルがテレビに映る時代なんだな、と。それが日の目を見た時に、皆、アンダーグラウンドの人たちと同じ反応をしましたよね。それがあの番組の一番ヤバいところだなと思います。

 このブームに問題点があるとすれば、それは<フリースタイルと、ヒップホップというアートフォームを混在して考えてしまいがち>という事ではないですかね。それによって「あいつはバトルばっかだ」とか「あいつは音源を聴かねえ」というネガティブな言葉が生まれたりもしています。そんな事言ったらダンスだって、グラフィティもヒップホップじゃないですか。「あいつはフリースタイルバトルは見るけど、ダンスは見ねえ」という事にもなるし。だからフリースタイルはフリースタイル、瞬間の芸術として納めるべきだと思います。でも良い事ですよ、ヒップホップの端くれであるフリースタイルがテレビに映って世の中に広がっているわけですから。だからダンスブームが来たら皆喜ぶべきだと思います。フリースタイルも認められて、ダンスも認められてという事なので。ただリスナーの皆さんに「ヒップホップって何だろう?」ともう一歩掘り下げると良い事があると伝えたいです。

 僕自身も『フリースタイルダンジョン』に出てから、掘り下げてくれる方たちが音源を聴いてくれたり、ライブに遊びに来てくれたりしています。普段、ヒップホップとは全然違う音楽を好きな人が反応してくれたり。そういう波及の仕方をしています。今まで絶対知ってもらえなかった人に番組を介して届くようになった事は大きいです。今後は『フリースタイルダンジョン』に出たラッパー各自がアルバムを作ったり、音源を残したり、イベントを開いたりしていく事が大事ですよ。ひたすら動き続けないといけないんじゃないですかね。僕も出来ていない部分はありますけど、自分なりにアクションしています。それから、ヒップホップをもっとポップではなくポピュラーにしなければと感じています。

 だから僕はヒップホップを持って外に行きたいですね。ヒップホップの中で盛り上がるんじゃなくて。『フリースタイルダンジョン』でラップを知らない人たちが「ヤバい」となる、あの現象を色々な所に持ち込みたいです。「ラップを持ってジャズの現場にいます」とか、「ラップを持ってロックの現場にいます」、または「ラップを持って会社のプレゼンにいます」とか。<ヒップホップを違う場所へ持ち出して来た>というのが、今やりたい事の一つです。実際ヒップホップがあまり鳴らない現場に出ていっている先輩たちもいます。Zeebraさんは『ヒップホップ・アクティビスト』と名乗って、渋谷の夜のクラブを守ったり、アンバサダーとして世界に行ったりしています。そういう活動は格好良い。Zeebraさんはヒップホップを理解して活動しているので凄く良いと思います。人間としても。

――今現在、リズムについて思う事はありますか。

 リズムは今、理論があるじゃないですか。でも元をたどると何も無かったと思うんですよ。理論が無かった時代のリズムって、心臓の鼓動とか、生活リズムだったり、脳みその回転の速さとかそういうものだったんじゃないですかね。それが安定していって、ある程度パターンが見いだせて、その中から正解・不正解が生まれて、正解を追って「これが気持ち良い」というのがフォーマット化したのが現代だと思うんです。ラップというものはその理論以前のリズムに近いと思います。だからラッパーが変に理論を最初に覚えちゃうとつまらないなと感じますね。

 逆にあるジャズメンに「ラップを3連符(3つ綴りのリズム)で取っていて凄くよかった」と言われた事があったんです。自分が無意識でやっている事を、ちゃんと音楽的見識を持っている人が見るとそういう風に感じるんだという事がわかった時に理論と理屈じゃないところが結びついた感覚がありました。やっぱり自分のリズムが何なのかっていう事を知らないといけないと思うんです。今、自分には<ジャズの人にラップを認めて貰いたい>という想いがあります。僕自身がジャズにやられた経験があるので、ジャズの人がヒップホップにやられたという場面を沢山作っていきたいんです。

 そういう意味でニューヨークは様々なセッションがおこなわれている分、音楽的に進んでいると思うんです。色んなジャンルの人が、色んな所で顔を合わすし。それによってジャズの人が自分のラップをこう捉えているんだというのがわかると、それをさらにラップに活かしたりするんですよ。ニューヨークのラップは良い意味で人間的な粗さが無い。かと言って理論に傾かず、自分のリズムを活かすために知識を使っている様な気がします。だから日本でも人と人の交わりがもっと生まれれば、もっと底上げされるのかなとは思います。

(取材・撮影=小池直也)

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