カリスマ的存在として慕われている清春。ここ数年は「終わりの美学」について考えているという

 ロックミュージャンの清春が15日に全国ツアー(15日はFCのみ)をスタートさせる。ヴィジュアル系ロックが盛況を迎えた90年代。清春を擁する黒夢はシーンで台頭し、GLAYやLUNA SEA、L'Arc~en~Cielらと並び、その中核を担ってきた。その後はSADSでも活躍、長らくロック界をけん引。2003年にはソロ活動を開始、48歳を迎えた現在もカリスマ的存在としてロックファンから慕われている。その清春の音楽性はバンド時代とソロ時代とは少々異なる。とりわけ現在制作中のアルバムはスパニッシュ調を取り入れ、「カルメン」の世界観を掲出。昨年末のツアーではそのうちの3曲を披露し、その片鱗をのぞかせた。本ツアーでもこれとは別の新曲を披露する予定だという。創作の才に富んだ清春だが、長いキャリアのなかで抱える悩みをもあるという。ロックスターの悩みとは何か。その背景に映る日本のロックシーンの課題とは。前編と後編に分けて掲載したい。

ロックスターの憂鬱

――昨年末は全国ツアー『天使の詩’16 FINAL 夜、カルメンの詩集』がありました。そのうち横浜公演を観覧しましたが、振り返っていかがですか。

 来てくれた人には申し訳ないけど、いつもが100%とすると60%くらい。ステージ上の色んな面があったんですよね。機材面とかはたまにあるっちゃあるんですけど、あの日は僕的に中音(編注=なかおと:ステージ内でプレイヤーが聴こえている音)の様子と言いますか、やり慣れている場所(横浜ベイホール)だったんですけど、ちょっと色々ね。ステーじ上のあれこれも。まあ、あるんですよ。そういうの。

――意思疎通といいますか、意識的な面にズレが?

 そうですね…。悪い意味ではないけどね。

――音に関してはステージ上でもしきりに気にする仕草をされていました。

 すごく良い一日を見せられれば良かったんですけどね。普通にやればもっと点数が高く、80点や90点までいけたんですけど、何かね…。最近そういう事があるんですよね。歳かな(笑)

――公演時間が3時間超という長尺のなか、MCでも次回からは抑えめにしようという話もされていましたが。

 弱気な発言をするような状況だったんでしょうね。そういう心境だったというか。変な話、僕だったら4時間でも5時間でも出来ると思うんです。だけど、調子が悪いのに無理矢理やっていてもしようがないというのがあって。最近は、野球で言うと、あまりヒットが打てない状態というか、それは個人的な事なのか、ライブ会場なのか、ステージ上の事なのか。

 スポーツ選手と同じ様に原因が絶対あるんですよね。その日の調子とか、歌もパフォーマンスもそうなんですけど、若い時とは違う。30代はヒットが毎回打てていたんですけど、最近はたまにしか打てなくなってきてるとは感じています。

――パワーと体力で打っていたヒットを技術面でカバーしようという変化も?

 もう48歳なのでだいぶ技術面に変えてはいるんですけどね。変えざるをえないというか、そもそも「ソロ」という事自体が技術面に変えているという表れなんです。それがたまに、そうじゃない演奏をされる、例えばベンチから「速い球を投げろ!」という風になると、投げられる時もあるんですけど、ちょっと嫌だなと思っちゃう時もあったり。「若い選手にやらせてよ」という感じかな。「他のチームでやってくれよ」とか(笑)

 だからスタッフもいろんな“コーチ”がいるんですけど、ピッチャーが調子悪いのに替えの選手がいなかったりとか。それは自分だけのせいではなく、人のせいでもあるし、人のせいだけでもなしに自分のせいでもあるし、というね。そうなっちゃうと野球でもサッカーでもそうなんですけど、個人の契約が切られるじゃないですか? ウチはそういう事はないんですけど。他の所だったらどんどんニューカマーを入れるなりすれば良いんでしょうけど、ウチの場合はそうではない分、「僕にガタがきたり不調だったりするとどうするんだろうな?」という心配や迷いあって、それがステージ上でもあるんですよ。

――今の話を伺うと清春さんにはミュージシャンという側面だけでなく、アーティストマネージメントとしての物の見方をされているように感じます。

 ステージ上ではマネージャーという感覚は無いんだけど、ロックスターみたいなのがあるとすれば、ロックって基本的には子供のものだと思うんですよね。10代、20代、30代前半とか。40代までいってもいいと思うんですけど。リスナーなんかはやっぱり若い頃に一番熱くなるもので。僕もよく「世代でした」とか言われるんです。その時に聴いたものは忘れなかったり、大人になってもその人の芯になってたりするんですよね。でも大人になってもくると“本気のロック”をやっている人って若い頃を思い出してそこに自分を持っていく人だと思うんですよね。

 “ロックスターの憂鬱”というのはあると思いますよ。特に日本では。海外だと「ロックの殿堂入り」というのがあって、長く続けてある程度たくさん公演してたとか、集客とか、強烈なファンが長年いたりすると「ロックの殿堂」に入れますよね。でも日本って無いじゃないですか? 何を目指していいか分からなくて、結局「長くやれている」という事しかなくて。これは若い子達にも言えるんだけど。だから「今だけ売れればいいや」という発想になるんだとも思います。

 僕らみたいにある程度を超えてしまうと具体的な“目標”がないんです。だから目標を自分で作らなくてはいけなくて、それがファンの人達との関係性であったり、ライブ会場での景色などがまた何年後に思い出せるか、そういう思い出ですよね。“シーンに殿堂入り”みたいな明確なラベルを貼られる訳でもなく、定年も無い。「武道館やりました」とか「アリーナやりました」、「オリコン1位になりました」とかいうピーク時にやれる事は何個かあったとしても、正直それは2、3年で忘れられちゃうんですよ。「すごいよね」と言われるのは。

 日本だったら矢沢永吉さんみたいなレジェンドな存在は、意識の中で“殿堂入り”はしていると思うんですけどね。だから「どこまでやればいいのか」という憂鬱がちょっとあるんですよ。最近50歳近くなってきて「一体どこまで歌えばばいいんでしょう?」みたいのがちょっとあるんです。30歳くらいのミュージシャンはけっこう若い時に辞めちゃったりするからね…。就職したり、裏方に回ったり、別の仕事、デザイン関係やってみたり、ITをやってみたり。けっこうそういう人がいるので、それだけ“絶対的な目標が無い”という事だよね。

 そうしたら、若いミュージシャンがいて、事務所に入れてマネージメントというか、若い稼ぎ頭が何人かいて、そこから還元されてと、そうじゃなきゃ駄目だと思いますよね。僕はワン&オンリーでやっているんですけど、そういうのをたまに「憂鬱だな」と思う時はある。ここまでやらせてくれてファンには凄くありがたいなと思っているんだけど、「どこまで行くんだろうね?」というお互いの共通認識がどこかではあると思うよ。

終わりの美学

――過去に「終わりの美学」について語っておられましたが、そのなかで「自分でどういう終わり方をするのか、後輩に見せていかなければいけない」と述べていました。このお話と繋がる所も?

 もうここ5年くらいずっと考えていますね。40代前半を過ぎた頃から。人生の終わりではないんだけど、ロックミュージシャンとしての幕引きというか。「引退するスターを待っている人もいる」と思うんです。そういうのがロックミュージシャンにはないもんね。生涯現役というか。

――体調面で引退される方もいます。そいういう幕引きはどう見られますか。

 もっともだと思います。例えば長年やってきて体調面で引退されるとしたら、それはふさわしい“理由”だと思います。若い子達が急に「プレッシャーで辞めます」とか「お休みします」ということを理由にして辞めるのをみると「最初からやらなきゃいいじゃん」とは思う。人間は「想定」することができる動物だと思うので、そうなる前に辞めれば良かったのにと。

 パフォーマーとしての自分がおかしくなってきているというのはあるんです。仮に鍛えて長くいこうとしても、必ず終わりがくるんですよね。サーカスの人達とかダンスやスポーツ選手の人達は鍛える事が仕事なので「鍛える事で10年伸びる」とか、そういうのは良いんですけど、僕らの場合は鍛える事でフォルムが変わってきちゃうのが美学として良いのか悪いのか、と少し思う。

 若い頃に憧れたミュージシャンは、痩せてて中性的なんですよね。それが、スポーティな生活をして、煙草や止めてお酒を止めて…。これは本当に色んなミュージシャンの人がやる事なので、人それぞれあって良いと思うんですけど、「じゃあ、何の為に体を鍛えてるの?」という。スポーツ選手でもなければダンサーでもない、憧れたものに向かう為にやりだしたのに。「それ(スポーツ選手など)に憧れて始めた訳じゃないよね?」というのが僕の中にはある。バレリーナみたいな体型を保ったままのスタイル、体幹を鍛える、そういう事は良いんですけど、たいてい絶対にマッチョになるじゃない?

 海外のミュージシャンだとあまりそういうのはいないんだよね。初めからマッチョなのはいるけど。ロックミュージシャンって普通の人生を最初から捨てている訳なんですよ。堕落していくのか、未完成のものを完成させていくのが音楽な訳で。僕の美意識では、普通の人より強かったら駄目なんですよ。そうすると弱い歌が歌えないというのがあって。鍛えても鍛えられない感覚の事は、引退理由、お休みする理由になると思うんです。だから、スポーツ選手の様なちゃんとしたケアやシステムはミュージシャンにも必要だと思いますね。

 僕が20代の頃はそういう事を全然思っていなくて、とにかく有名になりたいと。30代になってある程度名前が認知されて、「これを落としたくない、でも好きにやりたい」という思いもあって。40代になって「あと何年出来るのかな」という。そして50代以降の自分が見えているのか見えていないのか、という感覚があります。「どこかで遊んで暮らしたいな」という気持ちもあったりとか(笑)。

黒夢を引き継いだ証「天使の詩」

――26日に新たなツアーが始まります。そうした心境のなかで迎えるツアーはどのようなものにしようと思っていますか?

 とりあえず今回のツアーは(公演数が)多いのでキツいだろうなと思いました。最近はライヴが終わると疲れて寝ちゃうんですよね。以前は朝まで遊べてたのに。30代後半くらいまでの頃ですかね。もっとかな、40前半くらいまで、遊んでたかな。

――ツアータイトルにある「天使の詩」は、アルバム『MELLOW』が発売された2005年から付けています。これに込められた意味は?

 黒夢に「Like @ Angel」という曲があって、SADSを経てソロになって、引き継ぎ役というのはやはりボーカルなので、ライブで「あの歌を歌って」というのがあるんですよ。「あの歌」というのは「Like @ Angel」なんです。ちょっと説明しにくいんですけどね。「天使の詩」という意味付けは、ファンの人は分かっているとは思う。だけど今いるだいたいのファンの人は黒夢とかはどうだっていいですからね。黒夢はインディーズの1991年から8年しか活動していなかったし、僕としてはソロのキャリアが一番長いんですよ。だから今のファンの人達のほとんどは黒夢はリアルタイムではないんですよ。

――ライブの観せ方はここ数年で変えてきていますか?

 今はスパニッシュとかフラメンコとか。「夜、カメルンの詩集」という大きなテーマがあるので、それで赤い服を着たりとか、ちょっとパフォーマンスっぽい事もやっているんですけど。

――昨年末の横浜公演を観覧したとき、オペラ「カルメン」の物語を紡いでいるのかと感じました。

 そうです。で、それらは全部未発表の新曲なんです。とりあえず「夜を、想う」というシングルを出すんですけど、次のアルバムはあのライヴの前半の世界観で1枚を作りたいと思っています。いい曲ばっかりを何年もやっていこうというのが続くと、たまに飽きてくるんです。たまになら一つのテーマを設けてやりたいと。

――そもそもカルメンを選んだ意図は?

 フラメンコは“情熱”と“哀愁”というものがある程度の基本的な世界というか、コード感とかもマイナーでけっこうテンポも速かったりするんです。ロックのギラギラした感じやフワフワした感じとかも、フラメンコのダンサーの人達のビジュアルと繋がっていて、「こういうの自分風にやってみよう」というのかな。種類は違うんですけど、グラムロックとかと衣装が似てるんですよね。バラや水玉模様であったりとか。

――赤の衣装は主人公のカルメンを意識しましたか?

 いや、全然。やっぱりカルメンとかフラメンコとかは圧倒的に赤が多いので、赤がいいかなと。歌詞の中にもいっぱい赤を使おうとか。カルメンというのは女の子の名称なので、世界観の一つでしかないと思うんですよ。ロックで言うと“ヘヴィメタル”だったらスカルがあったりとか、火や煙や鎖があったりとか。

――アイコン的な感じ?

 そうそう。まあでも、フラメンコと言われてもよく分からないですけどね。「ジャズって分かる?」と言われたら分からないじゃないですか?「パンクって何?」だと、「う〜ん、ピストルズかな」とか「ガーゼシャツかな、安全靴かな」とかよく分からないじゃないですか? 抽象的ですよね。よく分からなくていいと思うんですよ。ファッションに近いというか。

 歌う事って日本人で言うと2、3個しかないと思うんですよ。「この人の事が好きです」と「人生が終わっていく事」と「周りに対して自分はこうなんだ」という事くらいしかないと思うんです。だからたまに遊びというか、いつもと違うけど見た事がある清春さんを見られた方がファンの人も「今回はこういう感じだから行こう」と思ったりとか「今回は楽しいね」とか、長年なのでたまにこういう事をしていかないと。いつもは日本で遊んでいるんだけど、「たまにはみんなで台湾に行ってみようか」とか、そういう事だと思うんです。社員旅行に近いですね(笑)

――今回のツアーではどういった清春さんが観られるのでしょうか?

 今また曲を作っていて、「夜、カメルンの詩集」という言葉から連想されるものはもうちょっと増えるんだと思います。今では「シャレード」までかオープニングの3曲までだけだったんですけど、本編をもうちょっと長くしたいなと思っています。ファンの人も曲を知らないから騒げない、それがいいんですよね(笑)

――ライブでは最初から3曲が新曲でしたね。

 このツアーはね。集中して聴いてくれるんですよね。毎回そうなんですよ。新曲をやる時のツアーというのは初めからドーンと盛り上がらないんですけど、途中から知ってる曲になるという感じですね。みんな曲を覚えたいので聴いてくれるという。CDが出ていないので。ちゃんと曲を理解しようとしてくれるのがイイですね。

――真剣に音を聴いてくれるのは嬉しいですよね。

 その分、僕らも真剣にやらないといけないですよね。定番の曲のように歌わない部分が多いのを新曲でやられてもという。マイク向けてもみんな「知らねえし」って(笑)

――新しく始まるツアーではまた世界が広がっていきますね。

 そうですね。「今、行ったらコレが観られるよ」という感じにしたいですね。

――新曲はスパニッシュ調ですが、物語は「カルメン」の舞台から変わることもあるのでしょうか?

 いや、1枚はわりと延長で繋げていきたいですね。何年後に「このアルバムの時はこうだった」と、べったり思い出せるように。ちょっとここ何年か“死生観”みたいのが多かったんですよ。カルメンは情熱、愛の世界なので、そういうのもいいかなと。あ、1回スペインに行ってみたいですね。

ロックとは何か、リアルか、虚像か

――ところで黒夢の話がありましたが、「優しい悲劇」が出た頃に、元ギターの臣さんが脱退して。当時は失踪したなどという話がありましたが。

 失踪しましたね。当時のインタビューって信じました? 失踪したって(笑)。

――信じてました。

 僕はけっこう全部言うので、インタビューはけっこうリアルなんですよ(笑)

――失踪したという話なのに、その後、サラッとシーンに戻ってきたので、どういう状況だったのだろうという疑問はありました。

 ああ、やってましたね。まぁ、よく分からなかったですね、あいつのやっている事は(笑)。彼が僕のソロのライブに来た事があるんですよ。なんか照れくさそうにしてました(笑)。

――先ほど「リアルに話す」と仰ってましたが、ほかの方はリアルではない?

 そう、多分ね。 目指しているものが弱いんですよ。ロックがアイドルというか、芸能人っぽくなってきているんですよね。今はもうワイドショーの方がリアルなんじゃないですか。

――そう考えると清春さんのインタビューは海外アーティストの受け答えに近いものがあります。

 僕も外タレの雑誌なんかを見て「凄い事を言ってるな!」と。そういう事が普通じゃなきゃ駄目だと思っていたんです。でもリアルな事を赤裸々に話していくと損をしますね。

――読む側は面白いんですけどね。

 いつの時代もリアルじゃない人達の方が人気がある(笑)。リアルに話す人は少数派なんですよね。でも僕嘘ばっかり言っていると分からなくなってきちゃうんですよね。浮気と一緒で(笑)。

――バンドの解散の理由も、だいたい「音楽性の違い」とかそういった括りにして話される方が多いですが、実際はそうではないのだろうなという事は感じます。

 今、空前のフェスブームというか、またバンドブームじゃないですか? 僕なんかは、みんなバンドなんかヤメればいいのになと思うんですよ(笑)。いつか解散するんだから。あのままだと絶対に駄目になるんですよ。だって、4、5人がバンドメンバーにいて、10代、20代、の頃は「フジロックに出たい」とか目標があっていいんですよ。でもそれが40代になった時に「バンドっていつまでやるもんなんだろうな」と絶対に思うんですよ。選ばれて残っているバンド以外は。

 バンドは高校生の頃にやり始める事じゃないですか? あの若者のポテンシャルを持ち続ける、若い感覚を維持する事、ずっと「バンド好きなんですよ」と言える人達って、悪い意味での相当アホなんだと思うんですよ。

 僕もそうだけど、結婚して子供もいて、家を買ったり車を買ったり色んな事をして、娘なんか大学生になろうかという時に「バンドやりたいんだよね」と言っているるお父さんって、ロックだという事を除けば笑えますよね。女の子からモテたいという理由でバンドを始めるという事があると思うんですけど、40、50歳になってバンドにこだわっているのって、逆に女の子から見たらモテないです(笑)。

 ただ、ロックミュージシャンとしての自分は、ある程度人生の中で確立しているので「ミュージシャン」としてはいいんですけど、「バンドマン」という響きだとちょっとお恥ずかしいんです。いまだに「メタリカ最高、ガンズ最高!」とか、そういうのはいいと思うんです。リスナーとして少年の心を持っているというか。それをリアルタイムの中で、バンドを仕事として生計を立てていこうというのは、ちょっと違うんだろうなというのはだんだん分かって来ますよ(笑)。再結成なんかもやりましたけど、やっぱり燃えないんですよね。僕。

 もちろん今の自分に置き換えて歌える曲もあるんです。「Like @ Angel」とか。けど、40代半ばで20代半ばに作った曲を歌うのって、それをショーとして成立させるバンドもいますけど、やっぱりまあ、僕はキツかったすよね。仕事として大きな渦の中に入ってやっていればいいと思うんですけど、やっぱり50近くでバンドマンというのは厳しい所あると思いますよ。特にボーカルはね。楽器の人はプレイヤーとしてまた別の楽しみがあるのかもしれないけど、ボーカリストというのはそんなに技もないですし。