稲垣吾郎(43)が、中谷美紀 with 坂本龍一の1997年のヒット曲「砂の果実」に思い入れがあることを明かした。もともと坂本のファンだったという稲垣はこの時期、坂本本人と親交を持ち、中谷のライブにも足を運んでいたという。同曲の作詞をおこなった、作詞家・売野雅勇(うりの・まさお)氏は太宰治の“生まれてすみません”というフレーズから世界観を作ったことを明かした。

 売野氏が、12日深夜に放送された、稲垣がホストを務めるTBS系『ゴロウ・デラックス』にゲスト出演。作詞を手掛けたヒット曲の創作秘話やアーティストとのやり取りを語った。

 1981年にシャネルズ(後のラッツ&スター)の「星くずのダンス・ホール」で作詞家デビューした売野氏は、その後も中森明菜の「少女A」や、チェッカーズのヒット曲ほぼ全てを手掛け一時代を築き上げた。

 売野氏は坂本龍一がプロデュースし、1997年3月“中谷美紀 with 坂本龍一”名義で発売した「砂の果実」の作詞も手掛けている。同曲は当時、オリコンシングルチャートトップ10入りとなり、33万枚を売り上げた。

 稲垣は「僕は坂本龍一さんのファンで、ちょうどこの頃坂本さんのレコーディングスタジオにもお招きいただいたりして…とても可愛がってもらったんです」と坂本のファンで親交もあったことを明かした。

 さらに「中谷さんのライブにも行かせていただいて、『砂の果実』は本当にいい曲だなと思って、大好きでした。暗い歌詞なんですけど…」と同曲がお気に入りだったという。

 売野氏は坂本に「暗さにドキドキするような詞」を注文されたと話し、「それで思い出したのが太宰治の“生まれてすみません”という言葉で、それを軸に物語を展開しました」と創作秘話を明かした。

 ちなみに、この“生まれてすみません”というフレーズは太宰の1937年7月に発表された作品『二十世紀旗手』の冒頭に書かれているフレーズ。同作は、十二編の小話が連なって完成された短編。

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