矢野顕子

 シンガーソングライターの矢野顕子が22日、都内でおこなわれた、自身のドキュメンタリー映画『SUPER FOLK SONG ~ピアノが愛した女。~』(2017デジタル・リマスター版)の先行プレミア上映イベントに出席。当時の事をあまり覚えていないとおどけながらも「皆さんに歌とピアノの世界を楽しんでもらう土台ができたんじゃないかなって思いますね」と回想した。

 映画は、現在名盤とされている矢野の弾き語り作品『SUPER FOLK SONG』のレコーディングを記録したもの。映像にはピアノとマイクに魂を吹き込む矢野の、ストイックな部分や愛らしい部分などがありのままに映し出されている。名盤が生まれるまでの、アーティストの試行錯誤を切り取った貴重な映像である。そして、1992年に公開されたこの作品が現代技術により、リマスター版として復活。今回のイベントはその先行プレミア上映であった。

 矢野が呼び込まれると、満員の座席からは大きな拍手が。そのまま音楽ライターの今井智子さんとのトークセッションへ。矢野は「よろしく」と、のほほんとした感じのトーンで挨拶をして登場した。

 まずは、この映画の製作のきっかけとなったアルバム『SUPER FOLK SONG』を作る経緯についての質問から。矢野は「そうねえ。誰かが言ったのかな。多分そうだと思います。本当に何がきっかけだったか全く思い出せないんです。駄目なんですよ、私全部忘れちゃうの。普通の人は自分の中で映画を撮って、それをストア(収納)しておく所があると思うんだけど。私の場合は全部流れて行くので」と回答。会場からは笑いも起きていた。

 続けて「この作品は、私がこういうのを撮りたいと思った訳ではなかったのですが。坂西伊作というとても熱意のあるディレクターが『こうしたい』と言ってくれたので、皆さんが此処に集まってくださることになったんですね」とも(坂西氏は2009年に死去)。

 当時の事を尋ねられるとまた「あんまり覚えてないんですよねえ(笑)」としながら「見るとね、こんなに一生懸命やっちゃって凄いなあって思いますけど。ただ何回かイントロを弾いて失敗して、っていうところは何となく覚えてます。失敗の仕方が良くわかる。今でも同じ事をするんじゃないですかね」とした。

 自分のレコーディングを客観的に見る、という事については「撮影が終わった時は、一切見てないです。編集でどうしたこうしたも監督から聞いてなかった。作品が出来て観た時に『うわーはずかしーい』とか思って。でも(坂西)伊作が『こういう矢野顕子を皆に見て欲しい』と思って編集しているんですよね。だから一切ナレーションも無い。そういう風にしたから伝わるものがあるんだなと。今こうやって月日が経って観るとそれを強く思いますね」と話した。

 この映画のために、撮影された映像はトータル92時間分だという。矢野も「私が気にしてたのはフィルムを回す音とか、レコーディングの邪魔になるような音が入っては困るって事だけですね。どこで撮られてるか全くわからなかった」と回想。

 さらに録音時の事は「私は自分の事で精一杯。何にも無いからね。譜面も無ければ、歌詞だけがぺらんとあって。次に自分の中から何が出てくるのか、どういうイントロなのか、どういうコード進行になるのか、私自身もわからないわけですね。だから誰もわからない事を皆で見ている訳です」と明かした。

 そして、現在40年のキャリアを持つ矢野。振り返るとアルバム『SUPER FOLK SONG』は1つのターニングポイントになっていると思われるが、これについては「そうですね。今でこそね、『弾き語りの矢野顕子』って何となく看板を貼れる様になりましたけど、当時は『それだけじゃ、皆つまらないんじゃないのかな』って割と小心者でした」と前置きしてから、「映画も相まって、皆さんに歌とピアノの世界を楽しんでもらう土台ができたんじゃないかなって思いますね」と語った。

 また選曲については「何曲かは用意していってて、アレンジはその場でやってます。多くの曲はそれまでコンサートでやっている訳ですから。何回もやっているものの完成系っていうものもあります。全くさらからやっているものは、イントロからして決まってない。それで『どうしたらいいかな…』って皆さんも一緒に苦しむ羽目になる(笑)」とコメント。

 最後に矢野は「いやあ、何回観ても『あ、また駄目だなあ』とか『才能ないなあ』とか思います。でも今はこういうやり方を恐らくしないので。今だったら『そんなに頑張らなくて良いんじゃないかな』って思いますね」と話して舞台挨拶は終わった。

 その後の上映では、コミカルな場面で笑いが起きるなど、暖かい雰囲気が会場を包んでいた。ただ作品自体はアーティスティックで、矢野の人柄が伝わってくるものとなっていた。。サウンドは、ピアノの1つの1つの音が瑞々しく響いていた。特に印象的だったのは矢野のリズム感である。ピアノや歌のリズムだけではなく、ふとした時の足踏みやスキャットのグルーヴにも心を奪われてしまった。(取材・小池直也)