「KYOSUKE HIMURO LAST GIGS」には様々なドラマがあった

 耳の不調などでライブ活動を無期限休止している氷室京介が、休止前最後におこなった4大ドームツアー『KYOSUKE HIMURO LAST GIGS』が映像作品化されることが決まった。来年3月1日にリリースされる。本編に付属される特典映像『LE PROLOGUE』には、各公演からセレクトした全16曲とMCが収録される。このほど、この特典映像を見る機会に恵まれた。

 あれから半年近くが経つ。緩む涙腺を必死に抑えて取材に臨んだ各公演の模様はいまも鮮明に脳裏に焼き付いている。ツアーファイナルは、いままでに見たこともない光景だった。びっしりと埋まった5万5千人の観客は、オレンジ色のライトを浴びる度に浮かび上がる。一糸乱れぬ歓声や手拍子。それに呼応する氷室やバックバンド。明らかに日本のロック史上最高峰のライブだった。これを見たものと見ていないものとでは今後の人生に大きく差が開く、と言っても過言ではないほど、衝撃的だった。ライブのなんたるかを、氷室が掲示した夜でもあった。

 本メディアは、全公演を取材した。ワクワクドキドキ感があった大阪初日公演は、MCをほとんど挟まずノンストップで届けられた。「LOVE & GAME」や「MARIONETTE」など、立て続けに披露されたこれら楽曲たちはノンストップという勢いと重厚さが相まって曲本来の意味をストレートに表現していた。

 名古屋公演はツアーファイナルを上回るほどの熱気を帯びていた。氷室と観客が一体となり、互いに刺激し合った。グルーヴがグルーヴを生み、それまたグルーヴが生まれる。神懸かり的なステージは後にも先にもない。凄まじい熱気のなかで「IN THE NUDE」や「VIRGIN BEAT」などが渦を巻いた。

 福岡公演での氷室は満身創痍だった。最後は抱えながらステージを後にした氷室はこの日、MCに時間を割き、なぜライブ活動無期限休止を決めたのかその理由を丁寧に説明した。そうしたなかで届けられた「MISS MYSTERY LADY」などは身を滅びても魂は消えずと言ったように鬼気迫るものがあった。

 東京初日の「SUMMER GAME」では、涙で歌えなくなった氷室の代わりにファンが歌い紡いだ。そして、悲しみの一切を前日に吐き出して迎えた東京2日目の「The Sun Also Rises」などは純粋な思いを歌に寄せるようにストレートに歌い上げ、観客の心を突き刺した。セットリストにのる曲名は同じだが、曲そのものは各公演の特色によって異なっていた。

 ツアー全公演を飾った重厚なステージセットは時に煙幕を上げ、煽った。大歓声はドームに響き渡り、歓声と混ざった拍手や手拍子は時に豪雨のように聴こえた。自然発生したウェーブは何度も往復した。全公演で幕開けを飾った「DREAMIN’」。BOØWY時代を彷彿とさせる「夢を見ている奴らに送ります」。28年前の東京ドームでは同じ台詞にファンは涙した。

 これら記憶の数々がセレクトされた特典映像『LE PROLOGUE』は、氷室京介というドラマをみているようだ。当時の記憶は今は更新されることなく、脳内に保管されたままだが、今でも脳裏に焼き付いているあの歓声、氷室の歌声と叫び、そしてバックバンドが織りなすサウンド。この映像に触れるだけで鳥肌が立つ。

 そして、映像を見てもなぜか悲しくならないのである。ライブ活動無期限休止を発表して迎えた横浜スタジアム公演のライブ映像は涙が止まらなかった。「これでおわり」という思いが充満していた。本ツアーの各公演取材時は、緩む涙腺を何とかとどめようと必死だった。しかし、不思議なことに今は、すっきりしている。あの映像を見て込み上げてくるのは興奮のみだ。氷室の音楽人生はまだ続いているということを胸の奥で信じているのであろう。

 本編映像と特典映像を含めてこれは伝記である。BOØWYが第一章であるならば、本作品は第二章のエピローグを綴った伝記。氷室の性格ならば一度言ったことは覆らない。しかし、ツアー中は「還暦アルバムも…」という冗談もほのめかしていた。そして、ツアーをなぜBOØWYの「B・BLUE」で締めくくったのか。BOØWYの「DREAMIN’」で始まり、「B・BLUE」で終えた。新たな章『LE PROLOGUE』はこの時点で既に始まっている、という暗示ともいうように。

 第三章の始まり。いつしかそのページがめくられることを期待しながら、この「伝記」をしっかりと胸に刻みたい。(文・木村陽仁)