コンサートをおこなった小林沙羅(写真提供・Hakuju Hall)

コンサートをおこなった小林沙羅(写真提供・Hakuju Hall)

 女性ソプラノ歌手の小林沙羅が11月4日、東京渋谷のコンサートホール・Hakuju Hallで、第120回スーパー・リクライニング・コンサート『小林沙羅 ソプラノ・リサイタル 華麗なる歌姫の子守歌と「四つの最後の歌」』を開催した。音響はホールの響きのみ、というパーフェクトアコースティックなひと時だ。この日の伴奏はピアノ・河野紘子。息の合った2人のコンビネーションも見どころのひとつであった。今回のコンサートで披露された楽曲は2日にリリースしたばかりの新譜『この世でいちばん優しい歌』の収録曲からがほとんど。この作品は母となった彼女の新しい挑戦で、子守歌を多く選曲しているのも特徴だ。ホールをゆりかごに変えてしまう力を感じた、今回のコンサートを以下にレポートする。

コンサートのもよう(写真提供・Hakuju Hall)

コンサートのもよう(写真提供・Hakuju Hall)

 金色のドレスで登場した小林。この日はシャーマン兄弟作曲の「『メリーポピンズ』より“眠らないで”」で始まった。小林の透き通る様な声が広がっていく。子守歌を多く選曲した新作とは対照的な「眠らないで」という曲で開幕するというのはユーモアなのだろうか。それとも、「子守歌ばかりだけど眠らないでね」という小林からのお茶目なメッセージなのか。

 その後は中村裕美作曲「子守唄よ」、草川信作曲「ゆりかごのうた」、山本正美「ねむの木の子守歌」と繋げていく。どれも日本語が引き立つメロディを持った曲だが、子守歌が持つ牧歌的なイメージだけでは無く、印象派な感じの和声が鳴るお洒落な一面も覗かせる選曲が面白い。

 5曲目は池辺晋一郎の「風の子守歌」。またも日本語詞だがここで初めて「おやすみなさい」という言霊が、綺麗なメロディに乗せて放たれたのが印象的だった。語りかける様に歌いあげていく。エンディングのきわどい和声が儚さを感じさせた。

 ここでピアノソロが挟まれる。ドビュッシー作曲「『ベルガマスク組曲』より第3曲“月の光”」。子守歌というテーマに合わせた選曲だと思われる。ベタな選曲かと思われるかもしれないが、この流れで配置されることにより普段とは違う印象を持った。この時点でホールの中は完全にゆりかごと化しており、そこにいた全員が幼児に退行していたのではないかと思う。河野はペダルを離す瞬間までセクシーだった。

 そして、ここからは後半戦。一度退場した小林がもう一度戻ってくる。ブラームスの「『5つの歌曲』OP.49より第4曲“子守歌”」。ドイツ語での歌唱による短い曲だ。ここでの牧歌的な近代以前のサウンドが新鮮に響く。寄り添う様なピアノの伴奏にシルキーなソプラノが乗ってとても気持ちが良い。

小林沙羅

小林沙羅

 ドイツ語歌唱が続く。シューベルトの「子守歌 D.498」、モーツァルト「子守歌 K.350」。後者は3拍子の優美なリズムがまどろむ子どもと母親の様子を連想させた。小林は遠くを見つめながら高く伸びる歌声を聴かせてくれる。歌が終わると、はっと目を覚ましたように大きな拍手が沸いた。

 続いては、R.シュトラウスによる「『5つの歌』op.41より第1曲“子守歌”」。伴奏は音数の多いアルペジオだが、とてもソフト。それがベッドになって、対照的な音数の少ない小林のメロディラインが静かにもたれる様でもあった。曲が進むにつれて段々と感情が込められていく。少し暗くなるシーンの低音部も小林の声は深い味わいがあった。一番の盛り上げどころでは、強めのビブラートで切り込んでくる。が、決して攻撃性を感じなかったのが『母』なのかもしれない。

 一度、2人が退場してから戻ってくる。そして、ここからがクライマックス。R.シュトラウス「4つの最後の歌」タイトル通り、最後に相応しい組曲である。

 1楽章は「春」。マイナー調の少々ジグザグしたメロディを弦楽器の様に歌いこなす小林。いきなり高音から始まるフレーズの立ち上げ方も絶妙だった。盛り上がってくると、若干上を向いて歌っていた小林だが重心は常にどっしりしていた。

 2楽章は「9月」。小林の半音で動くメロディが美しかった。少し顔を歪ませながら、豊かなソプラノを披露。1児の母だとはわかりつつも、つい惚れ惚れとしてしまう。

小林沙羅「この世でいちばん優しい歌」

小林沙羅「この世でいちばん優しい歌」

 3楽章は「眠りつくとき」。この曲は疲れた大人が、輝く星に「子どもの様に優しく迎えてほしい」と願う歌だ。組曲以前の子守歌群とは少し趣の違う歌詞なのが面白い。大きなフレージングで歌う小林。見せ場では階段を上る様に声量が上がっていく。少々長めの間奏も優しい印象。

 最終楽章は「夕映えの中で」。少々センチメンタルなタイトル。小林も感情が入ったのか、両手を握りしめて表現していく。エンディングの余韻を長く楽しんでから、大きな拍手が贈られた。2人はこの拍手に見送られながら退場していった。

 鳴りやまない拍手が、彼女をもう一度召喚する。「ありがとうございました。残り1曲だけ。今回のセカンドアルバムのために子守歌を1曲作りました。これが初めての披露となります。是非お聴きください」と貴重なMC。

 アンコールは小林自身による「子守歌」。アカペラで彼女の声だけがホールに響いた。先ほどまでの他作詞とは別の趣を感じる。つまりシンガーソングライターのそれではないだろうか。表現はクラシカルなソプラノながら「クラシック的なフォーク性」の様な物を叩きつけられた気がする。そこに新しさを感じて驚いた。

 歌い終えると再度拍手が。彼女は観客に感謝を告げ、この演奏会の幕を閉じた。(取材・小池直也)