「笛一本で心を届けたい」と語る篠笛奏者の佐藤和哉。NHK連続ドラマ小説『ごちそうさん』の主題歌で話題に

「笛一本で心を届けたい」と語る篠笛奏者の佐藤和哉。NHK連続ドラマ小説『ごちそうさん』の主題歌で話題に

 フォークデュオ・ゆずが歌う、NHK連続ドラマ小説『ごちそうさん』の主題歌「雨のち晴レルヤ」。この楽曲の後ろで奏でられていたのは、篠笛奏者・佐藤和哉が吹く“篠笛”という楽器。実は「雨のち晴レルヤ」のモチーフになったのが、佐藤が作曲した「さくら色のワルツ」である。佐藤は、2013年のNHK紅白歌合戦でゆずとともに「雨のち晴レルヤ」を演奏し、同曲は2014年に日本レコード大賞で優秀作品賞を受賞した。J-POP界に彗星のごとく現れた佐藤だが、2012年の6月には国宝・薬師寺東塔解体式典「宝珠降臨法要」で献笛を務め、今年、佐賀県嬉野市の曲「ふるさとの空よ」を制作するなど、伝統文化の後継者としてもその確かな地位を確立している。その佐藤が、9月21日にアルバム『フエウタイ』でメジャーデビューを果たす。彼に、まだ未知なる楽器“篠笛”について、そして『フエウタイ』に込めた想いについて話を聞いた。

篠笛との出会い

佐藤和哉「フエウタイ」

佐藤和哉「フエウタイ」

――「篠笛」は一般的に触れる機会が少ない楽器かと思われますが、この楽器との出会いは?

 一般的な篠笛のイメージというのは、お祭りで使われていたり日本の伝統芸能の日舞であったり歌舞伎だったり、そういった中で聴かれる事が多い楽器ですね。逆にそういう場でないとあまり聴かれない楽器だと思います。僕と笛との出会いは地元のお祭りなんです。「唐津くんち」というお祭りが小さい頃から大好きでして。中学生くらいの頃からそのお祭りのお囃子で笛を吹くようになりました。

 そのころの僕にとっては、一般的な感覚と同じように「笛といえばお祭りで吹く物、お祭りだけで使う楽器」という風に思っていたんです。小学校くらいの頃からピアノをやっていて、中学校の頃からドラムをやって、どんどん音楽にのめり込んでいったんです。高校生の頃からはギターを弾きながら歌を歌うようになって、シンガーソングライターをいつしか夢見るようになりました。それと篠笛は別に考えていたんです。

 でも、人に喜んでもらえる音楽を作詞・作曲したいと思うようになり、「人に喜んでもらえる音楽ってどういうのだろうな? 自分が表現したい音楽ってどんなのだろうな?」という事で音楽の方向性を模索していたんです。そうした中で、昔、自分がやっていたお囃子の笛に改めて目を向けて「自分がこの楽器で音楽を表現するとしたらどうなるんだろうな?」と思ったんです。その時は色んな方向性を考えていたんです。

 その時、“牛若丸”だったり“光源氏”だったり、笛一本で自分の心を歌っている日本人の昔の姿がパッと思い浮かんだんです。あんな風に笛で自分の心を歌うとすると、どういう世界観になるのかという事で、自分でもやってみたんです。そうしたら、自分の声で歌うよりも、何か自分のメッセージをより人に届きやすい形で音楽を表現が出来る可能性を感じたんです。

 どこか懐かしくて情緒深い音色に、自分の伝えたいメッセージを込めて曲にして表現したり、自分の知っている童謡唱歌だったりとか、そういったものを歌うとした場合に「自分の血が燃える」「心の底から歌っている」など、そういった気持ちになれたんです。それでこれは面白いと思いまして、自分で歌うよりも笛で歌っていく事を追求していって「新しくて、人に喜ばれる音楽が出来るかもしれない」と思ったんです。それまでやってきた洋楽器を全部やめて和楽器の道を選び、篠笛を学ぶようになりました。

海外で感じた日本の音楽イメージ

海外での経験もその後の音楽人生を変えた

海外での経験もその後の音楽人生を変えた

――洋楽器を捨てて和楽器を追求し始めたのはいつ頃でしょうか?

 大学2年、3年くらいの20歳の頃ですかね。海外に行ったのも大きなきっかけでした。

――海外はどちらに?

 トルコへ一人旅で行ったんです。それは大学時代によくある感じの。

――自分探し?

 まあ、自分探しと言いますか(笑)。「大学生になったんだから海外くらい行ってみなさいよ」と言う強烈な親戚のおばさんがいまして。アドバイスを受けて、トルコは親日じゃないですか? それでトルコに行ってみたんです。

 そこで今まで自分がやってきた音楽と、海外から見た日本の音楽のイメージのギャップをかなり強烈に感じたんです。例えば向こうの人が「日本の歌を歌ってほしい、日本の歌好きなんだよね!」と言われた時に、僕はビートルズとかサイモン&ガーファンクルとかエリック・クラプトンとか、そういった洋楽が好きだったんです。また、当時流行っていたJ-POPを聴いてたし、そういった音楽をやっていたんですけど、そういうのを求められている訳ではなかったんです。

 その時は昭和歌謡の「時の流れに身をまかせ」を歌ったら、凄く喜ばれたんです。その経験も、改めて自分の探す音楽の方向性を見定める上で大きなきっかけになりました。言ってしまえば、僕がどんなにギターを頑張って上手くなって、アメリカやイギリスに行ったところで、“日本人が西洋の楽器をやっている”という見方をされるのかな、というところもありまして。

――色眼鏡で見られてしまいますね。

 じゃあ逆にそういうものを取っ払って、「どこに行っても胸を張ってやれる音楽とは」というのがあったんです。そして、日本が持っている伝統的な楽器、和楽器に着眼したんです。そういう国に生まれたんだよなと。じゃあ「自分が生まれた日本というのはどういう国なんだろう?」というのを知らなくてはならないと思い、色々と調べ始めたんです。そうしたら、凄く魅力的な日本の姿がようやく見えてきたんです。そんな中、自分が唯一触った事のある楽器が篠笛だったんです。それで笛を吹いてみたらそういう心境になって。

篠笛を選んだ理由

――和太鼓や尺八など他にも有名な和楽器がある中で、なぜ敢えて篠笛を選択されたのでしょう?

 まず、笛は誰でも手にできたという事です。太鼓や鐘などは自由に出来る訳ではなかったんです。練習会に参加してそこで初めて太鼓と鐘は触る事が出来るんです。でも笛は買って自分のものとして手にする事ができましたし、お囃子の花形でもありましたしね。あの音色というのは、その当時からも心にグッとくるものがあったんです。お囃子の持っている旋律もすごく好きでしたし。

――篠笛には古い歴史があると思いますが、貴族が好んで使う「龍笛」(雅楽で使う管楽器の一つ。管の中に鉛を入れたり、外側を樺や籐で巻いたりするなど意匠が凝らされている)とはまた違って、篠笛は庶民が使うような楽器だったのでしょうか? そういった篠笛の歴史についてお伺いしてよろしいですか?

 恐らく推測まででしかないのでしょうが、1200年くらい前の奈良、平安、飛鳥時代の頃に、雅楽と一緒に龍笛が日本に入ってきたんです。その龍笛がもとになったという説もあるのですが、作りがあまりにも違うからそうではないという説もあります。いずれにせよ、篠笛は竹だけでできているんです。龍笛は作るのがすごく大変で、そう簡単には作れないんです。だからこそ、身分の高い人しか持つ事ができない楽器だったんです。でもそういう龍笛という笛があるという事は、庶民も知る機会があったと思うんです。

 それで自分達も「あの笛っちゅうのはひょっとしたら竹でも出来る物かのう?」と。「竹に穴空けて作ったら出来るんじゃなかろうか?」という事で、竹は今も昔もそこら中に生えているので山に行って竹を取ってきてそれに穴を空けて。そうしたら音が鳴るものだから、笛が庶民に使われるようになったと。本当に作りやすかった楽器、手に入れやすかった楽器なんです。

――身近な楽器ですね。

 そう。太鼓は作るの大変ですよね。三味線なんかはもっと大変でしょうし。それに比べて篠笛はすごく作りやすかったと。だからこそ庶民的な村とかで、お酒の席だとか祭りの時などで「笛でも持ってきて歌でも歌おうや!」とか「ちょっと笛吹かんか!」という感じで、楽しい席を賑やかにする道具だったという役割があったのではないかと思います。だからこそ、全国のお祭りで今でも使われていると思われますね。

――そういう歴史がある中で、現代となると学校ではリコーダーは習うけど、篠笛は触った事がないという環境です。「言霊」という言葉がありますが、篠笛は息を吹きかけて鳴らす楽器という意味では呼吸法というか、自分の気持ちがダイレクトに伝わりやすい楽器だと思います。自身で作曲した中で使ったり、国宝・薬師寺東塔解体式典「宝珠降臨法要」で吹く時とか、祭りだったり音楽のフェスだったり、色んな時間や場所で吹いていると思いますが、その時によって、気持ちの乗せ方は違いますか? シチュエーションによって演奏するスタンスを切り替えたりするのでしょうか?

 スタンスを変えるということは、ありますね。場所によって演奏したい曲はもちろん変わります。例えば、山で演奏する時と海で演奏する時と都会で演奏する時と、その場に合う曲というのがありますので。

――それは意識をせずとも、その場に立つと自然と出てくるものでしょうか?

 正直言うと、ある程度セットリストは考えて行くんですけど、その場に着いて変わる事が多々あります。なので、けっこう迷惑をかけてしまう事もあるんですけど。演奏する場所に環境的な魅力が影響する場合には、やりたい曲は変わりますね。

――それはその雰囲気に寄り添うような?

 そうです。当然、お客さんもその景色を見ながらその音楽を聴く訳で。僕が惹かれる音楽というのは、情景とかその曲に想いを強く込めているので、僕なりにその景色が一番美しく見える曲はどの曲かな、この場で皆が気持ち良くなってもらえる曲ってどの曲かな、という事は凄く大事に考えています。

――ピアノやドラムやギターという洋楽器から、篠笛という伝統的な楽器をあえて選んだ時に新たな覚悟や気持ちの変化はありましたか?

 本当に新しい事をやっていく事になったんだなあ、というのは漠然と思いました。

――周りでそういう方は居ましたか?

 周りで篠笛をやっている人は居ませんでした。和太鼓と一緒に笛を吹くというスタイルは見てきてはいましたが。でも、篠笛はもっとポピュラーな楽器になり得るのではないかと思いまして。言わば、僕は歌が歌いたかったというところが強いので、「歌の替わりになれる楽器」なんじゃないかな、と思いました。笛はおじいちゃんになっても様になるというか(笑)。自分がいつまでも追求して行ける気がしたんです。大袈裟かもしれませんが、笛で歌を歌うという事は死ぬまで追求していきたいと思います。

大きな転機となったゆず「雨のち晴レルヤ」

転機となったのはNHK連続ドラマ小説『ごちそうさん』の主題歌

転機となったのはNHK連続ドラマ小説『ごちそうさん』の主題歌

――佐藤さんは、ゆずの「雨のち晴レルヤ」で「さくら色のワルツ」がモチーフとして採用されたことが、大きな転機になったとは思うのですが、その後の共演で篠笛の認知度や周りの反応が変わったところはありましたか?

 ガラリと変わりましたね。やっぱり、篠笛って本当に全く知られてなかったというくらいなので。コンサートを開いて8割くらいのお客さんは初めて聴くという感じでした。今でもそれはそうなんですけど、ゆずさんと一緒に演奏させて頂いた事で、僕の事を応援して下さっていた方々も、もちろん「そういうメジャーな世界でも取り上げてもらえたんだ」という事もありますし、ゆずさんのファンの方々も「篠笛ってすごくいいですね」と、篠笛の音色を知って頂けたという機会はものすごく大きかったですね。

 「『雨のち晴レルヤ』の、あの笛の音いいよね」って。『NHK紅白歌合戦』にも出させて頂いたんですけど、その時にも「横で笛を吹いている人は誰だ?」みたいな感じで話題にして頂いたりという事もありましたし。やっぱり、ものすごく大きい機会をゆずさんには頂きました。

――きっかけなどはあったんですか? 直接お声がかかったのでしょうか?

 僕の知り合いが出演するコンサートに行った時に、ちょうどゆずさんの関係者がいらっしゃっていて、その方にCDをお渡しする機会があったんです。その中に「さくら色のワルツ」が入っていて、その曲をゆずさんが聴いてくれて気に入って頂けたんです。その曲をもとに歌を一緒に作ろうという事で「雨のち晴レルヤ」が出来上がったという経緯ですね。

――実際に共演されて、ゆずの2人の印象はどうでしたか?

 すごいフレンドリーで、“兄貴肌”で、一緒にお仕事させて頂いた時は凄い楽しかったですね。

――どういった話をしましたか?

 それこそ、とりとめのない話もしましたし、プレイヤーとして、表現者として大事にしている事とかそういうアーティストの先輩として貴重な話も聞かせて頂きましたし、色々なアドバイスも頂きました。

――「雨のち晴レルヤ」は前向きな歌詞と音色ですが、こういった方向はゆずのお2人に任せたのでしょうか? それとも佐藤さんからも具体的な話をしたり?

 曲をもとに北川さんとアレンジャーの方が一緒に作り上げて、「こういう風になったけどどう?」って聴かせて頂いて、僕は「素晴らしいですね!」という感じで、お任せしてました。

――出来上がって最初に聴いた感じはどうでしたか?

 「ゆずさんというフィルターを通すとこうなるんだ」と思いました。実は「さくら色のワルツ」という曲は“出会いの喜び”と“別れの切なさ”、そして“それを繰り返しながら輝いていく人生”という、どちらかというと、しっとりとしたワルツなんです。それが、ゆずさんのフィルターを通すことによって、あんなにキラキラした希望が満ち溢れるような曲に生まれ変わったんです。それは、正直嬉しかったです。びっくりしましたね、「こんなに変わるものか」と。

『フエウタイ』に込めた想い

――今回のメジャーデビューアルバム『フエウタイ』ですが、最初の曲群は太鼓やアコーディオン、電子音などいろいろな楽器が使われていますが、だんだん最後の方には音数が減っていって、篠笛がクローズアップされているような印象を受けました。曲順はかなり考えて練られたのでしょうか?

 そうですね、曲順は考えました。それこそ僕だけの意見ではなくて、スタッフやアレンジャーの意見など色々ふまえてブレストしていく中で決めた曲順ですね。全体の流れというのは、物語性というよりはオムニバスな感じではあるのですが。

――最初に出来た曲はありますか? アルバムを作る、となって曲を作り始めたのでしょうか?

 そういう訳ではないですね。インディーズでセカンドアルバムが出来て、それ以降に作った曲をまとめたという感じです。実は1枚目と2枚目のアルバムというのは、どちらかというと“自分対、外の世界”というか、広い世界だったんです。1枚目は自分のふるさとというか。2枚目は“自分対、熊野古道(世界文化遺産・熊野三山へと通じる参詣道の総称)を通してみる日本の姿”というか、そういうものだったんです。『フエウタイ』は去年、僕が結婚して、周りの環境も変わって。そういった中で感じた事が“自分と人との関わり”だったので、今回のアルバムというのは「人に向けてのメッセージ」というのが全体的に強い気がします。

――実際に曲を作る時は篠笛で作るのでしょうか?

 最初は口笛ですね。頭の中で鳴った音楽をまずは口笛で表現して、それをレコーダーに録ってみて、篠笛に落とし込むのはその後ですね。篠笛で最初から作ると、指グセというかそういうものが出てくるんですよ。それよりも自分の経験上、純粋に頭で鳴る音を追っかけた方が素直な曲になると思うんです。まずは頭の中で鳴る音楽を、最も表現しやすい口笛で。またはハミングです。

――何かにインスパイアを受けて曲を作るのでしょうか?

 インスパイアは偶発的に受けることもあれば、自分で意図的に作るものもあります。例えば、身近なところで言ったら散歩してたりとか、旅に出たりとか、そういったものですね。映画を観たりとかも。偶発的な事というのは、人と話をしてたりとか、移動中にふと綺麗な景色に出会ったりとか。

 意図的であれ無意識的であれ、そこに共通しているのは「自分の心を感動させる」という事ですね。気持ちが浮き立つ感動をして感性が高まる、その瞬間に「この瞬間を音楽で表現したらどんな音楽になるのか?」「この情景にBGMが流れていたらどんな曲がしっくりくるか?」という思いがあって、浮かんだ時にメロディがパッと出て来たり、そういう時が一番ですね。後はその印象を強く覚えていて、その瞬間に出てこなくても後で出て来たり。僕が、よくアイディアが出てくるのはお風呂ですかね。湯船に浸かったりとか、シャワーを浴びていたりする時にその時の情景が頭に浮かんで曲が出来て、その瞬間に「ヤバい、ヤバい!」という感じで体が濡れたままレコーディングしたりとか。

――リード曲の「カナデウタ」が出来た過程はどうでしたか?

 去年、結婚をした時に、今まで感じた事のないような両親への感謝の気持ちを感じたんです。「育ててもらったんだ。今まで本当にありがとうございます」と、自分も親になるのかなと。そういった事を考えていた時に「ありがとう」という感謝の言葉を頭の中で思い浮かべた時に「カナデウタ」のメロディが出来ていったんです。

――すぐ出来た曲でしょうか? それとも長く時間をかけて?

 この曲はわりと作り込みましたね。

両親への感謝の気持ち

佐藤和哉

佐藤和哉

――佐藤さんのご両親も音楽をやってらっしゃるのでしょうか?

 全然。一族郎党、ほとんど音楽関係者はいないですね。

――佐藤家では和哉さんが唯一音楽家に。

 何でお前みたいな子が生まれたのかな? みたいな(笑)。だから、親戚にも心配されました。自分達の家系にはそういう音楽の人間はいないし、「“音楽で食べていく”ってそんな簡単じゃないぞ」とか、「いつまで遊んでるんだ」とか。そんな風に思われていたんですけどね。

――今回のメジャーデビューでご家族、親戚の方々を安心させられた感じですね。

 そうですね。それで、また両親への感謝の気持ちって何か照れくさいところもあるし、なかなか普段の生活の中では感じられない気持ちなんですよね。でも、とても大切な気もちだと思うんです。そういう身近にひそむ大切な気持ちというのを「カナデウタ」で感じてもらえたらな、思い起こしてくれたらな、という風に思います。

――私も長崎の故郷から出てきたのでよくわかるのですが、一緒に居ると恥ずかしくてなかなか言えないですね…。それをこういう形で表現出来るというのはとても羨ましいと思います。

 「ちょっと親孝行してみようかな」とか、「土産でも買っていこうかな」とか、「ちょっと電話してみようかな」でもいいんですよね。そういう気持ちになってくれたらいいなと思いますね。そういった感じで、他の曲もそれぞれメッセージがあるんです。

 「明け風」は、実は「ふるさとの空よ」という佐賀県嬉野市の曲を作る時に副産物みたいに出来た曲なんです。嬉野市は山に囲まれているんです。展望台から町を見下ろすと、山が織り重なって、その向こうに夕日が沈んでいくんです。その向こうに僕の地元の唐津があって、唐津から嬉野に来るとなったら「この山を乗り越えて昔の人は来ていたんだな」という事を思いまして。その時に、山をずっとかき分けて家族の為に頑張るお父さんの姿みたいなものが思い浮かびまして。それが「明け風」になったんです。

――「明け風」は“父親像”というところも?

 そうなんです。だからイメージとしては今から出勤するお父さんに、「よし、今日も頑張ろう!」と思って聴いてほしいなと思います。

――応援ソングですね。

 “挑んでいく人” に聴いてほしいですね。お父さんに限らず、何かに“挑む”全ての人に。「ふるさとの空よ」は地元に残って地元を守っていく、地元を受け継いでいこうと頑張ってる人に田舎の美しさというのを実感、自覚してほしいなと思って作った曲です。田舎の人って、当たり前すぎて「ウチには何もなかもんな」という風に言っちゃうんです。でも、都会の人から見たらとっても羨ましい素材がいっぱいある訳で。実は緑の山がすぐ見れる、青々と茂った田んぼの中を歩く事が出来る、綺麗な川を見る事が出来る、そういう事は貴重な財産だと思うんですよね。そういった事を改めて感じてほしいんです。「田舎っていいものですよ」という事を伝えたい曲ですね。

――唐津の良いところは?

 唐津はもう自慢だらけですよ! 美味しい魚も捕れますし、まず景色が美しいんです。唐津の鏡山から見た唐津の景色は素晴らしいです。「唐津焼」という日本を代表する焼物の窯元でもありますし、佐賀県自体に有名な焼物が揃っているんです。「唐津くんち」というお祭りも、ものすごく盛大な祭りで。山車(だし)も美しくて、造形的にもデザイン的にも素晴らしいものが残っていますしね。

――「唐津くんち」はどういうお祭りですか?

 祇園祭(京都市東山区の八坂神社の祭礼)からインスパイアされたされた祭りらしいんですけど、山車がズラッと並んで町を練り歩くんですよ。山車は、江戸時代からずっと受け継がれているものなんですね。

――山車が練り歩くという中で、お囃子を実際に吹いていたんですね。

 そうです。

――今でも行ったりするのでしょうか?

 毎年帰っています。盆と正月には帰らなくても、「唐津くんち」だけには帰るという若者が唐津には多いんですよ。それくらい唐津くんちというのは町の人から愛されているんです。

――一大イベントなんですね。

 そうなんです。僕らは佐賀に対して悲観的なイメージは全く持っていないんです。世間的には「何もない」と歌われた曲で有名ですが(笑)。でも、ちゃんと見てみると佐賀県は文化と宝の宝庫です。

――佐賀に帰った時は地元の友達に会ったりしますか?

 会う時もありますね。

――皆さん家庭をもってらっしゃるのでしょうか?

 そうですね。それぞれ持ってます。

――自分は篠笛奏者という、他の仲間とは違う道を歩んでいる中で何か感じる事はありますか?

 僕自身、あくまで、ただ自分がやりたい生き方をしているだけで、他の人も自分の仕事に誇りを持っている方が多いですし、同等だと思います。僕の仕事はこれ、彼の仕事はそれ、それは生きて行く上でそれぞれ大切な仕事ですし。そういう意味ではお互いにリスペクトしていますね。

――もし、アーティストになっていなかったら?

 アーティストじゃなかったら…想像できないですね、わからないですね。

――他にやってみたい仕事はありますか?

 農業です。

――実家は農家?

 いえ、実家は公務員でした。父は今、「瀬渡し」の仕事をしています。船を持っているので。釣りのポイントまでお客さんを連れて行く、というのが瀬渡しの仕事です。だから小さい頃から船はよく乗っていました。

――でも、やりたいのは農家なんですね。野菜などお好きなんですか?

 作物を育ててそれを食べるというのはすごく大変だと思うんですけど、あれって本当に“地球と生きる”という事なのかなと思うんです。農家の人にしかわからない大変な事もたくさんあると思うんですけど。「生まれ変わったら何がしたい?」と言われたら「農家」ですね。

――最初に何を育てましょうか?

 やっぱりまずは米ですよね。

――最後に、メジャーデビューアルバム『フエウタイ』リリースするにあたって一言お願いします。

 この『フエウタイ』というアルバムは、聴いて下さる一人一人に向けて伝えたいメッセージがぎっしり詰まった12曲です。あまり篠笛に親しみがなかった方、また篠笛を聴いた事がある方も是非、全く新しいものとして、新しくも親しみが持てるポップスと同じような感覚でこの『フエウタイ』を楽しんで頂けたらなと思います。歌詞がないからこそ伝わるメッセージ、そして、この曲を聴きながら見る皆さんの世界、それぞれの世界というものをこの『フエウタイ』を側に置きながら見て頂けたらと思います。そしてその中で感じた事、感謝の気持ちであったり、幸せな気持ちをさりげない生活の中に感じてくれたらなと思います。

(取材/撮影・松尾模糊)

佐藤和哉

佐藤和哉

 ◆佐藤和哉 日本の伝統楽器を用いて自身の心を表現する篠笛奏者。九州は佐賀県唐津市の海辺に生まれる。中学生で「唐津くんち」の囃子を学び、この時初めて横笛に触れる。ピアノ、ドラム、ギター弾き語りなど、音楽に没頭する 少年期を過ごすも、自分の中の『日本人の血』に目醒め、和楽器の演奏を始める。

 大学卒業後、篠笛と出会い、その音色に魅了され篠笛奏者の道を志す。現在、東京を拠点に音楽活動を展開。 全国で公演を重ね、篠笛の講師としても精力的に活動。2012 年06 月には国宝・薬師寺東塔解体式典「宝珠降臨法要」にて献笛を勤める。

 近年では、作曲家としての活動も展開し、2013年NHK連続テレビ小説『ごちそうさん』主題歌「雨のち晴レルヤ(ゆず)」には、モチーフとして自身作曲の「さくら色のワルツ」が採用され、作曲に携わる。

 また同作は、2014年日本レコード大賞 優秀作品賞を受賞。2016年には、佐賀県嬉野市の曲「ふるさとの空よ」を制作。佐藤の篠笛は"自心"と素直に向き合い、自身の経験・感情から生まれる旋律を、日本人の伝統と感性が創り上げた篠笛を通して表現することに一貫している。

 ▽佐藤和哉オフィシャルサイト(http://www.kazuyasato.com/)
 ▽佐藤和哉コロムビアページ(http://columbia.jp/satokazuya/)

作品情報

<佐藤和哉(篠笛)「フエウタイ」>
2016年9月21日発売/3000円+税/COCQ-85297
▽収録曲
1.明け風
2.カナデウタ ※ON AIRリード曲
3.ふるさとの空よ ※佐賀県嬉野市市曲
4.散歩道
5.虹の鼓動
6.きみとみる月  
7.からつ曳山囃子
8.オベールの祈り
9.椰子の実 
10.望郷
11.想

12.さくら色のワルツ ギターDuo ver. ※「雨のち晴レルヤ」(ゆず)モチーフ曲
作曲:佐藤和哉(Tr.7、9を除く)/全12曲・約50分

ライブ情報

<「フエウタイ」CD発売記念ツアー>
11月19日 大阪・ESAKA HALL
11月26日 福岡・スカラエスパシオ
12月4日 東京・Star Rise Tower

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