写真=LAMP IN TERRENの音楽に迫る[1]

インタビューに応じたLAMP IN TERREN。左から川口、松本、中原(撮影・紀村了)

 [インタビュー]男性3人組ロックバンドのLAMP IN TERRENが7月1日に、自身2枚目となるアルバム『LIFE PROBE』を発売した。

 これまでに発表した楽曲は全て日本語詞。洒落の利いた言い回しや、彼らの価値を高めた楽曲「緑閃光」などにみられる知的表現。そして、松本大(Vocal & Guitar)による歌の説得力とカリスマ性。彼の思考をバンドの音として形にする中原健仁(Bass)、川口大喜(Drums)の巧みさ。

 彼らの音楽から浮かび上がるのは自信だ。それは決して根拠のない浮ついたものではなく、地に足が付いた貫禄を伴ったものである。22歳。その若さで何故、そこまで楽曲に説得力を持たせることができるのか。

 アルバム『LIFE PROBE』は、作り手と聴き手が互いに認識し合うところから始まる。互いに引き寄せ合い、それはやがて心の中へと誘われ、その先に宇宙や不思議な空間をみる壮大な旅だ。文学的で哲学的。仕掛け満載のアルバムだが、彼らは決してリスナーには「こう感じてくれ」とは求めていない。「それぞれの解釈で聴いて欲しい。主人公はリスナーだから」。

 今回のインタビューで見えてきたのは「純粋に音楽を楽しみたい」ということだ。楽曲の意味を探るのもそれぞれのリスナーの趣向次第。もっとも彼らは「意味を考えずに楽に自由に聴いて」と訴えている。

 本作は彼らにとって新たな楽曲作りを見出した作品であり、数年抱き続けてきたテーマの回答「認識」が得られた重要な“論文”でもある。聴けば聴くほど新たな側面が生まれる―、彼らの楽曲が生きているとも言える。

 今回はメンバーの価値観に触れるなかで、バンドの本質、そしてアルバムの魅力に迫ってみた。  【取材・紀村了】

故郷・長崎で育てたもの

写真=LAMP IN TERRENの音楽に迫る[2]

作品に込められた思いを濃厚だが、その考えをリスナーに押し付ける気がないと話すLAMP IN TERREN。あくまでも「楽しむ」ことを求めている

――『LIFE PROBE』のサンプルを聴かせて頂き感じたのは、歌詞も楽曲の世界観も、あの様な深い楽曲が書けることに感動を覚えたことです。皆さんは22歳。楽曲を作り出す一つの背景には自身が歩んでこられた人生も反映されていると思いますが、この22年間どういう人生を歩んでこられたのか、そこに興味が沸いたわけです。そこで1曲目の「メイ」。イントロのギターの入り方から「おお!」と鳥肌が立って。そのままアルバムにのめり込んでいきました。

松本大 狙い通りです(笑い)

――作詞作曲全て松本さんがやっておられて。何と言うのでしょうか。曲のトラックが進むごとに松本さんの心の中に入っていくような気分になるんです。心の中にハマっていくけど、それによって私自身が見えなくなっていく。あの奥深さ、無限に広がる世界観。それを作り上げた松本さんの考え方、そして、中原さんと川口さんはそれをどう表現させようとしているのか、そこを解明していければと思います。

全員  よろしくお願いします。

――お三方とも長崎ご出身ですね。

松本大 そうですね。

――長崎から上京されたのは。

松本大 2011年かな。

――東京での暮らしも慣れましたか。

松本大 そうですね。もう5年が経ちますね。

――長崎と東京とでは違うものはありますか。

松本大 流れが速いですね。東京はやっぱり。ぼーっとできる事が多いんですよね、地元は。けれどここは、やっぱり電車のスピードも速いし、人が流れていくスピードも速い。みんな目的があって移動してるんで。やっぱり何もないところで、ただぼーっと移動するところではなくて。目的があって移動してる人が多いから、流れが速く見えるし、すごく移り変わっているように見えます、東京は。

――ゆったりとした長崎で作るのと、スピードが速い東京で作るのとでは、楽曲作りも変わりますか。

松本大 どうかな。でも、どこにいても勢いは一緒だと思うので。簡単な話をすると、田舎は田舎で、ここには何もないと思うことがマイナスポイントだったりするし、都会は都会で、人が多すぎて気疲れするというのがマイナスポイントなのかもしれない。どこに居ても苦しい事はあるし、苦しい事の中身が違うだけで。結局どこにいても一緒なんですよね。

――皆さんもそう思われますか。

川口大喜 そうですね、はい。

――長崎にいた頃はどういう生活を送ってこられましたか。

松本大 自転車にまたがって坂道を下る生活。

――海に行って遊んだりも。

川口大喜 俺はないですね。もうお腹が空いたら自分で食料を取りに行くことはありましたね。

全員  (笑い)

松本大 自転車でどこまでも行くことはあったよね。

中原健仁 僕は高校生のときボート部だったんですよ。ボートを漕ぎまくっていましたね。

――そうですか。それで体格が良いんですね。

松本大 いや、それは違います。水泳もやっていて。

中原健仁 水泳の体です、これは。

全員  (笑い)

――長崎は原爆を投下された都市でもあります。長崎出身者としてその事への意識は心のどこかにありますか。

中原健仁 彼(松本)が一番意識が高いんですけど、やっぱり、原爆投下の日(8月9日)は黙祷しています。我々。

――その意識が楽曲作りに反映されていることは。

松本大 意識的に反映させている事はないですけど、やっぱりそういう生き方とか、教わり方をしているので、どこかしら影響はしているかなとは思います。今の自分の人間形成的にもそれが影響しているところはあると思いますね。

 考え方が…何だろう。結構大きめに捉えるというか。そういう事とか、戦争の事とか。やっぱり話を聞く度に「嫌だな」と思うし「戦わないためにはどうしたら良いだろう」と考えを巡らす事もあるので。そうした事への意識は強いかなと思います。嫌でも教え込まれた事だったりするので。

――大きく捉えるという話がありましたが、それは曲作りにおいてもそうですか。

松本大 そうですね。僕は割と、根本から考えるところがあるので。戦争とは別の話になりますが、全然答えのないところに答えを探したりするタイプ。結構広い範囲で物事を考える事が多いですね。例えば、この世にある物事の何にでも意味があるとしたら、そういうところから考えてしまう。意味を持たせようとしすぎて結局、この世界は何の意味もないんじゃないか、というところまでいく事がありますね。

中原健仁 曲の歌詞で言うと対人関係の事を書いてみたりとか。

松本大 「どの時のどれ」ではないんですよね。想定的に「どこ」というか、全体的に書いている。全体図で捉えている。「こういうことは世の中で絶対起こりえるよね」みたいな事を書いているような気がします。