「メシ喰うな!」という衝撃的なタイトルで日本のパンクシーンを震撼させた、町田町蔵(町田康)率いる「INU」(イヌ)のデビューアルバムが、高音質「SHM-CD」で復活する。実に34年の時を経て、今年5月13日に紙ジャケットでの復刻リリースとなる。町田町蔵が振り向き様に、心を見透かす様な表情で睨みつける印象的なジャケット。現在「町田康」として執筆活動を主として活躍している彼の「初期衝動」が滲み出ている。「INU」が生まれた当時の時代背景を追いながら、日本のロックシーンにおける表現の変化や「日本語ロック」の形成、そして「ボカロ文化」をも生み出した“日本の独自性”について考察したい。

[写真]町田康率いるINUを生んだ時代背景を考察

復刻されるINU「メシ喰うな!」ジャケット写真

バンドブームと「INU」の存在

 空前のバンドブームと言われた1980年代から90年代初め。そのスタート地点とも言える1981年に「INU」はデビューした。結成は79年。当時のバンドブームが如何に破竹の勢いであったかという事を物語る様に当時は、数々のビッグネームが輩出された。BOΦWY、プリンセス・プリンセス、JUN SKY WALKERS(S)、ユニコーン、ザ・ブルーハーツ、BARBEE BOYS、レベッカ、X JAPAN――。ここでは紹介しきれない程の超有名バンドがズラッと名を連ねた。その圧倒的な存在感は数字にも表れ、セールスや観客動員数など破格的な記録を次々と打ち出し、社会的現象にもなった。現在もなお親しまれているバンド、と言うよりも「伝説のバンド」という表現が適切であろうバンドが数多く存在した。

 そのようなバンドブーム到来の初期、先述のメジャー感あふれる面々とはまたひと味違う「日本パンク創成期」があった。そこに現れた「INU」というバンドは、「ハードロックバンド」または「ロックンロールバンド」という感じではなく、まさに「パンクバンド」という存在だった。なにしろアルバムタイトルが「メシ喰うな!」だ。

 INUは同時期に活躍したパンクバンドとは少々趣が違った。他のパンクバンドが「ロックンロールやハードコアの要素」を取り入れているのに対し、意図的か否かは不明だがそれらをほぼ含まず、むしろ積極的に排除している様に思える傾向があった。そのサウンドスタイルを強いて挙げれば、英バンド・JOY DIVISION(ジョイ・デイヴィジョン)やPIL(パブリック・イメージ・リミテッド)に代表されるニューウェイブ、ポストパンクと呼ばれる音楽的アプローチが見られた。そこに日本語を乗せて歌うスタイルの「INU」は1978年から1981年当時は非常に珍しかった。

 攻撃的であり厭世観(えせいかん=悲観主義)を伴う歌詞、えも言えぬユーモアと独特の言葉を発する町田町蔵の歌。後に作家として活躍する町田町蔵の「うた」として楽曲に乗せられる言葉の数々は、彼の初期衝動であるパンクバンド「INU」の時代から既に光っていた。その彼が率いるINUというバンドは、どこか直線的でない含みのあるパンクバンドとして、前衛感(文化の分野で最先端)を匂わせていた異端の存在。ユーモラスな言葉を絶妙に交えた詞をパンクに乗せ、殺気立った物腰で歌う町田町蔵は異才を放っていた。

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