5月9日に放送されたフジテレビ系音楽番組『僕らの音楽』(毎週金曜よる11時半)は「僕らのGIRL'S ROCK」と題して、日本を代表するガールズロッカーの山下久美子、NOKKO(REBECCA)、寺田恵子(SHOW-YA)、富田京子(プリンセス・プリンセス)等が出演。当時のエピソード等を明かした。

 この日出演したのは、前述のアーティストに加え、中川翔子、華原朋美、相川七瀬、SCANDAL。さらに彼女らを支えたヒットメーカーの織田哲郎、土橋安騎夫、大澤誉志幸の豪華面々。

 番組の冒頭、中川は憧れのアーティストを前に「気持ちが高まって大変です。時代を貫いて強さと美しさ、それだけではなく優しさと愛を持った人間力のたくましい皆さんが一堂に集まられて…ビッグバンです。この空間」。華原は「本当に良い思いをさせて頂いて」と恐縮しきっていた。

 ガールズロックの元祖で、ライブハウスの女王とも呼ばれた山下久美子は当時を「何しろものすごくツアーをやっていました。ほとんど毎日のように旅から旅へ。“100本ツアーってどう?”なんてことも言い出しちゃって」と振り返った。

 NOKKOは「私の時代も歌謡曲が全盛で、個性的な音楽を目指しましょう、ということでバンドというカタチになった」。バンドを組みまでは事務系のアルバイトも経験していたことも明かした。

 ガールズロックバンドの先駆者とも称される寺田恵子は「女バンドの数が少ない時にデビューしたので、ロックの格好を見たことがない人も多いだろうから綺麗にしようと言われ、髪をオカッパの長さまでに切られ…」。

 更に「当時はTバックという下着が日本になくて、良くボディコンとかをよく着ていたのでマネージャーに“パンツのラインが見えるからパンツ履くな”と言われてずっとノーパンで過ごしていて、あるとき高さのある透明なステージでやることになって大変だった」と仰天の逸話を明かした。

 国民的ガールズロックバンドのプリプリでドラムをしていた富田京子は当時を「SHOW-YAが一緒にいた時代。お姉さんについて行くだけでした」と振り返れば、寺田は「ウソよウソよ。よく比較されてきたけど、可愛いプリプリ、強面のSHOW-YA。性格は逆だと思うんだよね」と返答。

 これに富田は「そんなことない」「もともと(プリプリは)アイドルバンドだったので、そこから脱皮して精一杯のプリプリだった、きっと」と話した。

ガールズロックを支えたた織田哲郎、土橋安騎夫、大澤誉志幸

 トークは、ガールズロックを支えたヒットメーカーたちにもおよび、相川七瀬のヒット曲『夢見る少女じゃいられない』手掛けた織田哲郎は当時の相川の印象を「中学生だった。ずっと感じが悪くて…歌うというよりも叫んで帰る…なんだコイツって」。これには相川も「そんなことないよ」とタジタジ。

 レベッカ―のリーダーでキーボードの土橋安騎夫はNOKKOの印象を「当時は感覚的な子、元気な子って見られてたと思うんですけど、実は勉強家で面倒くさいって言ったことがなかった」と敬意を示した。

 また、山下久美子に楽曲提供したことがある大澤誉志幸は山下の印象を「お互いデビュー前だったので尖がってた時期。挨拶もしないし、当時は対バン相手をどう潰すかを考えていた」と振り返ると、織田や土橋もうなづき、NOKKOは「当時は感じの良いミュージシャンなんていなかったですよね」と付け加えた。

夢の競演、山下と大澤 大人の魅力で「こっちをお向きよソフィア」披露

 この日の番組の豪勢さはトークだけでなく歌唱面にも表れた。まず、NOKKOと土橋、しょこたん、そしてSCANDALが『フレンズ』で競演。続けて相川が『夢見る少女じゃいられない』を作曲者の織田とステージング。

 トークを挟んで、プリプリの名曲『M』を富田がドラムとして参加し華原とSCANDALが歌えば、再びSCANDALが寺田とSHOW-YAの代表曲『限界LOVERS』を熱く競演。さらに山下が『こっちをお向きよソフィア』を作曲者の大澤と、大人の魅力を全面に押し出して歌い、夢舞台を飾った。

 なお、同番組の次回は5月16日。『僕らの音楽10周年記念コンサート』として放送される。