Koyumi 5月27日にデジタル限定でリリースされた、R&BシンガーKoyumi(こゆみ)の通算3枚目となるシングル「モシ/Beautiful World」がiTunes同日付R&Bチャートで6位を記録し、話題を集めている。
 福岡出身のKoyumiは作詞作曲だけではなく自らトラックメイクまで手掛ける実力派シンガー。これまでにリリースされた楽曲はいずれも配信限定リリースだったが、無名のアーティストとしては異例の各配信サイトでチャート上位に入る快挙を成し遂げている。
 無名のアーティストがなぜここまで注目されるのか。
 東京で歌って売れてやる―。父の影響を受けてフォークサウンドやソウルミュージックに憧れを持ったKoyumiはプロの歌手を目指して高校卒業と同時に故郷・福岡を飛び出した。その頃日本に定着したR&Bは一般的に飽きられ、ブラックミュージック系全体が下降線をたどり始めた時期だったが、Koyumiとにかくを歌い続けた。
 多いときには月10本のライブをこなし幾度も体を壊した。70年代ソウルから最新のヒップホップまでをリスペクトするKoyumiにとっては、クラブでのショーケースは自分の居場所と信じてやまなかった。だが時代の風はすでに吹き抜けた後だった。クラブで生き残ったのは、分かりやすい日本語で明るく歌うJヒップホップ。ほとんどのクラブシンガーがそうであったように、Koyumiの活動も次第にクラブから遠のいていった。一旦は歌うこと自体をどうするか考え込むまでいった。音楽以外のことを好きになろうとした時期もあった。だがどれも虚しく続かず、あることに気づいた…。
 売れる売れないとか関係なく、私は私の音楽を詞、曲からサウンドまで、全部自分で作って歌おう、そしていままで支えてきてくれた人たちに聞いてもらおう―、そう思い至ったのは2006年の夏。知人に頼み込んでもらった古いPCと、奮発して買ったシンセ、何の知識もないところから音を作り始めた。そして数え切れないデタラメな曲達ができた。そして、珠玉の名曲達もできた。
 07年から08年、携帯の最大手SNSである「モバゲー」(会員数1000万)が盛り上がってきた頃、koyumiも何曲か登録した。ユーザーからの反応は予想を上回る大反響だった。
2008年1月 タイアードウルフDEMO R&Bランキング1位
2008年2月 かならずDEMO R&Bランキング1位
2008年3月 ラナウェイDEMO R&Bランキング1位
2008年5月 もしDEMO R&Bランキング1位
2008年7月 かならず(配信Version) R&Bランキング1位
2008年9月 思い出すと全部君は笑っていたDEMO R&Bランキング1位
2009年1月 Don'tThinkTwiseDEMO R&Bランキング1位
 その反応と呼応するかのように、アンダーグラウンドシーンに絶大な影響を放つクラブ系レーベルLibyus Musicより発売したwoodblue『North Letter』(LMCD-024)のM-2“Deji”にfeatとして参加。渋谷HMVなどで大きく取り上げられ、好評を得え、08年4月にシングルカットまでされた。
 更に大手配信サイトiTunes、music.jpなどで8月に「SUNSHINE/かならず」(同一オリジナル曲を英語バージョン日本語バージョンで発表)を配信。全く無名ながらもiTunesではR&Bランキング15位とスマッシュヒット、music.jpでもR&Bのポータルページに取り上げられ、華々しい配信デビューとなった。
 時を同じくしてエイベックス主催のクラブ系オーディション「STARZ AUDITION 2008」のファイナルを通過、m-flo、大沢伸一、FPMなどの前で歌い好評を得る。学園祭での詩音のフロントアクト、渋谷duoで日の内エミのフロントアクトも大いに場内を盛り上げ絶賛。好評を受けてこの年の12月には同じくデジタルシングルをリリースした。
 09年に入り、「STARZ AUDITION 2008」の最終優秀組に入ったことが知らされ、初夏にエイベックスからリリースされるDJ Deckstream’のリミックスのコンピレーションアルバムに参加することが決まった。
 2月にはSOUL’d OUT、BENNIE K、2BACKKAなどを輩出しているあのモンスターイベント「UNITY」@二子玉川PINKNOISEにも初出演。場内を大いに盛り上げた。
 にわかに沸き起こったかのようなKoyumiムーブメントではあるが、その歌・音はプロが認めるほど。時代を追いかけることをやめた瞬間、時代が追いかけてきた―、そんなアーティストがkoyumi。音楽関係者から「R&Bブーム再来になるかも」と言わせる実力派シンガーの頭角が現れ始めている。