日本ロックの神様と称され、音楽界に多大な影響を与えた、ロック歌手の忌野清志郎(いまわの・きよしろう)さんが2日、がん性リンパ管症のため死去した。58歳だった。06年に喉頭がんを患い08年に完全復活を果たすも、がんの転移が見つかり治療を続けていた。

 忌野さんはRCサクセッションを結成し、70年に「宝くじは買わない」でデビュー。「ぼくの好きな先生」(72年)「雨あがりの夜空に」(80年)が大ヒットし、81年には初の日本武道館公演を行った。82年には坂本龍一とのユニットで「い・け・な・いルージュマジック」をリリース、過激なPVパフォーマンスにより社会現象を起した。その後も多くのアーティストと限定的なユニットを組み衝撃的なパフォーマンスを披露するなど、時代を席巻してきた。日本におけるロック界の神様として称され、影響を受けたアーティストも多かった。

 06年7月に喉頭がんを患い治療に専念。07年12月には日本武道館で行われた「Dream Power ジョン・レノンスーパー・ライヴ」に出演し完全復活をアピールした。08年2月には同会場で「忌野清志郎 完全復活祭」を開催。1万3000人を超えるオーディエンスと共に約3時間にわたって熱きパフォーマンスを披露した。しかし完全復活を果たした5カ月後の08年7月、左腸骨にがんの転移が見つかり、再び活動を休止し放射線治療などを続けていた。

 転移が発覚した08年7月、当サイトが実施した読者アンケートには復帰を願って多くのファンから応援メッセージが寄せられた。

 「焦らないで、ゆっくり休んで英気を養ってください」やおさん、「夢を忘れない!夢を諦めない!二代目アームストロングで完全復活を願っています」ウタポンさん、「我等がヒーロー清志郎さん、はやく良くなって下さい」ユミリンさん、「必ず復活すると信じて疑っていません!依然世界は忌野清志郎を必要としてます!だから必ず帰ってきて!!お願いします あなたのいない世界なんてツマラナイ いつまでもそばにいて歌っていてください」ケイさん、「忌野清志郎!寝ている暇ねーよ!ガンなんぞロックで吹っ飛ばせ!こっちも全然負ける気がしねーぞ!早く戻ってこい!待ってるぞ!」エイジさん、等多数―。

 忌野さん自身も「腰にガンが見つかった。心配はしないでくれ、このくらいのことは覚悟してたんで、ぜんぜんヘコんでないから。ブルースはまだまだ続いているというわけだ―、でもすぐに帰ってくるから応援してくれ! もう一度言おう 夢を忘れずに!」とコメントしていた。

 最近では世界マラソンに挑戦している間寛平に応援ソングを提供するなど、復活に向けて順調に回復しているかと思われた。それだけに急逝はファンをはじめ、各界に衝撃を与えている。58歳という早すぎる死。最後まで社会に衝撃を与え続けたロック界のカリスマは偉大な功績を残し旅立っていった。